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2020年9月25日 (金)

読書から思い出がひきだされ 感謝です

私、本を読みたい気持ちはあるのですが、なにしろスピードがない。

長く続かない。。。

そんなわけで、この1冊読むのにも長~~くかかりました。

5

見ての通り(汚れがある)いつの本? って思いますよね。

紙は色やけしてるし、字の小さいこと!

ヘルマン・ヘッセ

名前はよ~く知っていますが 読んだと記憶してるのは3冊だけ?

難しそうなイメージ

ところが意外にも読みやすいというのか、

植物などに対する目線が 細やかで愛情がある?

その部分に救われながら読めたと思います。

 

この本に出てくる主人公(ヘッセ自身がモデルらしい)が

神学校に良い成績で合格し、入学。 寮に入るのです。

その時の様子が、まあ何といえばいいでしょう。そうだ、そうだ。解かるわかる。。。

そんな思いをいだかせるように書かれています。それが私には興味深かったです。

 

私も、中学から親元を離れて寮に入ったものですから

初めて寮に入った時のこと、すっかり忘れていましたが、

この本のおかげで、幾つかの事を鮮明に思い出しました。

 

昭和32年? まだまだ戦後といってもよかったのかなあ~~。 子供の私は、そんなことは何も思うことなく、

何せ、四国の田舎町でのほほほ~んと日々を過ごして、成長していたわけです。

 

東京の学校に入学するに際しては、きっと、細かいあれこれを指示する書類も届いてたはずですよね。

準備するものも色々あったはずですが、そんなことはすっかり頭から抜け落ちてしまいました。

 

制服ではないけれど・・・何かの式の時には・・紺のスーツが望ましい。とあったんだろうと思います。

でも私は紺のスーツを用意してもらえなかった。

考えてみてください。 今でこそ既製品の服が簡単に手に入りますけど、あの時代、仕立てて貰わないと子供用のスーツなどありませんでしたよ。

ましてや、田舎町です。スーツは仕立てて貰ったのですが、紺ではなくて。。。

でも、何だろう? 特に嫌だとか、恥ずかしいだとか。。。

そういう感情を抱くこともなかったようで・・・その記憶がありません。

 

流石に、東京の方(他の方も)ほとんどの方は紺のスーツで写真に納まっています。

それと、もう一つ、私は革靴も用意できなくて、薄いグリーン系の、今で言えばビニール靴だったわ。

 

でも、そういうことの不満を親に言うこともなく・・・

ボーっとしてたのか? それとも新しい環境に放り込まれて、それどころじゃなかったのかな?

ド田舎育ちですが東京で中学生となりました。

何故? 東京の?

そこは。。。それ

親の考えですわね。私はぼ~とした子供でしたもの。

 

もう、60年以上昔のことになりました。 それなのに私、いろんな事柄を

自分中心にしか考えてなかったことに今頃、気付きました!

 

両親は、どんな気持ちで、私の入学の準備をしてくれたのだろう?

今とは時代が全く違います。

寮で過ごした、8年間というもの、手紙は毎日のように書きましたが

電話をすることは一度もありませんでしたし、掛かってくることもなかったです。

 

差し入れも、私の場合ありませんでしたね。

会いに来てくれることもなかった。一度も。

多少、寂しく思ったことはありましたが、田舎町の開業医の父。母も入院患者さんのお世話(食事づくり)で日々、忙しかっただろうと思います。

だから、入学式のあと、次に学校へ来てくれたのは卒業式でした。

春、夏、冬の休暇には勿論、飛んで帰省しましたが。。。

 

ぼんやりとした、田舎育ちの子供が、よくぞ今日まで無事に生きてこられたものです。

両親の苦労に感謝の思いがあふれてきます。本当に有難うございました。

お陰様で、tomokoは何とか無事に生きてこられました。

 

この感謝の気持ちは、学校に対しても同じ思いです。

あの学校で、私はわたしになれたのだと思います。

創立100年だそうです。 次の更なる100年に向かって。。。

寄付をいってきましたので、早速、今日感謝を込めて 送金してきました。

 

なんだか、とりとめなく書いてしまいました。

 

 

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コメント

秋の随筆をひもといて・・・とそんな静謐な気分を味わっています。

そして何と茨木のり子さんを思い出したのです。
そしてそして細谷亮太さんも・・・
静岡、東北、四国とどちらもご夫婦で医院をなさっている。
その当時の文化程度は相当にお高いことでしょうね。
片や自分の育ち方を思うと、tomokoさんがうらやましいです。

暮しの手帖の家庭学校に応募されたらすてき!

ヘルマンヘッセ、懐かしい本ですね。あの当時の本をまだ持っていらしたのですね。感心です。
私も高校生から二十歳前後に読んだ記憶があります。
本はいずこにです。たまに思い出すことがありますが内容はすっかり忘れました。
中学生から遠く親元を離れての生活、よく頑張りましたね。
ご両親も寂しかったでしょうが、お考えがあってのことでしょうね。中3の修学旅行で東京を訪れた時は、ともこさんより、もっとど田舎に住んでいたのでただびっくりすることだらけでした。

昨日から何度も読み返していました。
ご両親様の心中やtomoko様のこと
あれこれ 想像をめぐらし、胸が熱くなり
コメできませんでした。

産まれてからこの方 生家を一歩も出たことのない私。
田舎では珍しく、また同級生の女子では1人だけ
短大とはいえ進ませてくれた両親のこと。
あれこれ考え、私は幸せであったと思うわ。

時代背景は同じであっても、育った環境や教育方針は
異なりましたが、今 私たちは巡り合えたのね。
観えないなにかで、つながっていることに感謝です。

tomoko様のブログ拝見いたし、改めて今日の私を
支えてくださった方々に感謝し、穏やかに時間を無駄なく
過ごそうと決めました。

kokoさん、お早うございます!
秋晴れでとっても気持ちよい空気に包まれて幸せで~す!

秋は少々、おセンチになるのかな? 今の私、そんな気分です。
ステイホームのせいかしら? 昔の事が思い出されて懐かしかったり。。。
今頃、両親に感謝の念を抱いたって、遅すぎるにもほどがありますよね💦
色んな方にお世話になりながら、ここまでこれたのでしょうね。
その感謝の気持ちを。。。周りにお返ししながら暮らせると良いですが?

ヒサ子さん、おはようございます!

気持ちの良い秋晴れのもと、何をしようかと迷うようですよ!
取り敢えず、庭仕事をしました。 庭をすっきりさせようと思って。
私の場合、東京といってもその頃は郊外で武蔵野の雰囲気が残っていました。それに、電車に乗って街に出かけることもほとんどなく、
あまり都会に暮らした意識がありません。 この歳になって、両親の気持ちはどうだったのだろうって、訊ねてみたい気分です。

おばさん様、おはようございます!

いつも心を寄せていただき、私とても嬉しく思っています。
感性が似ている?? 勝手にそんなことを思っていますよ。
育てて貰って有難う! って、心の底から伝えたいときには
親は無く。。。ですね😢
その気持ちは周りの人にお返しできればいいのだと、思います。
これからも、ず~っと、宜しくお付き合いしてくださいね_(._.)_

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