« ふるさとソング・ラジオ深夜便と里芋の花 | トップページ | 折り紙、そして 枯れそうな草花 »

2020年8月13日 (木)

ほとんど何も語らなかった義父…ガダルカナルの戦い

昨晩のテレビで、ガダルカナルの戦いを取り上げた番組があった。

夫に、「見ないの?」 って、きいたら

予想通り 「みない。 寝る」と、さっさと行ってしまった。

 

私、一人で見ることにした。

悲惨な戦いだったということだけは 聞き及んでいるが

それだけのことで、ちゃんとした事を何も知らない気がしたから。

 

義父は既に あの世に行ってしまったが、

生前も 自分の軍歴のことなどは 全くきかせてくれなかった。

それは あまりにも 悲惨な戦を経験したからだと思う。

 

そう、ガダルカナルで戦って、奇跡的に生きて帰ってきた人です。

 

 

ガダルカナルの戦いをPC検索すると、

1942年 8月7日 ~ 1943年 2月9日 とある、

何で、和暦の 昭和17年 ~ 昭和18年 と書いてないんだろう

頭の中で昭和に変換しないと 実感が湧きません。

 

昨夜のテレビによれば、アメリカで近年、この戦いに関する詳しい記録が見つかり、

途中までの様子では、日本の勝利に終わるだろうと。

 

ところが、米軍は 兵士の大半を島に残したまま、船が島を離れて行ってしまったことから

日本の(国内にいる)軍のおえらさん達は

島に留まった米兵の数を、少数 と見誤ったそうだ。

なので、 後の 派兵、装備品、食料 等々の追従が少なかった

これは大変なミスだったし、これによって

戦死者の数よりも、 餓死した兵士が多かったという。

5日間も食べるものがなかったり。。。

それで、頭の中は 

 食べたい!  食べたい! 食べたい! と

その事だけを考えていたと 言います。

 

そんな中、引き上げる際の事

夫が、かろうじて父から聞いて覚えているには

軍の偉い人たちは先を争って 大きい船に乗り 岸を離れた。

義父は 軍医という立場上、

傷病兵に付き添い、遅れて 小舟で出たそうな。

 

先に出た 大きい船は 魚雷(かな?)にやられた。

後からの小舟は 無事だった。。。

 

だから、義父は昭和21年2月、浦賀に復員できたそうな。

 

夫が まだ小さい子供の頃、 カエルを見つけた父は

「どうして、こんな美味しいものを食べないんだ」と言っていたそうです。

 

義父の 戦争体験談を もっと聞かせて貰っておけばよかったのにと

今、強く思いますが、 話せないほど、思い出したくない、

そんな体験をされたのだろうと、想像するだけとなってしまいました。

 

改めて、これからも二度と戦争をしない国であってほしいと

切に 切に願うばかりです。

 

 

« ふるさとソング・ラジオ深夜便と里芋の花 | トップページ | 折り紙、そして 枯れそうな草花 »

日々のこと」カテゴリの記事

コメント

朔日訪問したのですが、コメできませんでした。

全ての人々が、平和を願い核兵器のない国で
あって欲しいと願うばかり。

父も私が幼い日に満州から(??)無事帰還しましたが、
同じように戦争の話はしませんでした。
子供心にも、聞いてはいけないと感じていたように
思います。
ただ 耳の形が少し変だったので、聞いた覚えがあるの。
捕虜時代は(??)、食べるものもなくバターばかり
食べていたので これは脂肪の塊だと
言ったように記憶しています。

悲惨さを語り継ぐべきでしょうが、
知る人も少なくなりました。

お盆で両親も帰ってきますので、話を聞きたいと
思いますが・・・・・


静かなお盆を迎えています。
そちらも同じでしょうか?
8月は次々、戦争関連の記念日があり、重い気持ちになりがちです。 お父様満州へ行かれましたか。義父も満州から南方へ行ったそうです。私の身近には出兵した人がいないので、私はまったく
その辺りが音痴です。 
体験者がいなくなったら、益々戦争に対する思いが伝わりにくくなるでしょうね。

義父様は大変なご苦労をなさったのですね。
食べるものがない辛さは経験しないとわからない辛さだと思います。
生か、死かの瀬戸際を生きぬいた義父様にとって経験したことを話すのはつらすぎたのだ思います。無事に帰ってこられて本当によかったですね。

戦争のない時代がこれからも続いてほしいと切に願います。
日本だけでなく世界に戦争のない時代が早く訪れてほしいですね。

話すのも辛い・・・
聞くのも辛い・・・ですよね。

友達のお父さんは、戦艦大和の生き残りでしたが、大和の映画、観なかったと聞いています。
数年前に他界されましたが。

久子様
 早くも 新盆となりましたね。
辛い苦しいことは、思い出すのも辛いものですね。
出来ることなら、無かったことにして忘れ去ってしまいたい事だったでしょう。 そうすることが不可能だから苦しむのでしょうね。
戦争は どうしても無くならないものなんでしょうか?
今も 長い戦が続いている地域がある一方、恵まれた暮らしの出来る所も。。。不公平を感じます。

くちかずこ様

 出来ることなら・・・無かったことにして記憶から消し去りたい!
きっと、そうだったんじゃないかしら? 
そうできたら、どんなにその後の人生が楽だったろう。
今、そんな事を思います。
命を投げ出して、国のために働いた方々に感謝をする日ともいえるでしょうか。

ガダルカナルの戦い・インパール作戦・・・断片的な知識しかありません。
戦争のことは学校でも詳しく教わりませんが、なぜか武器なしで無謀な戦いを兵士は強いられたのだ・・・と自分勝手に解釈して、私は戦争絶対反対です。

そして今の時代あの頃と似ている・・・と思うのは考え過ぎでしょうか?

kokoさん、こんにちは!

 あの時代と似ている・・・やはり? 
私も、考えたくはありませんが似ているって感じるのですよ。
何処が、どう似てるか? 理論立てて言えるほどのものはないのですが、似た空気っていうのかな、体が感じるのです。
絶対反対!! 勿論そうですよ。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ふるさとソング・ラジオ深夜便と里芋の花 | トップページ | 折り紙、そして 枯れそうな草花 »