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2017年11月27日 (月)

実家のお墓の移転

実家のお墓が無事に移転され、昨日新しいお墓の入魂供養で行ってきました。

父がこよなく愛した岡山の地を離れることに、そこはかとない淋しさを感じることは仕方ないこと。いままで四国から年に数度の墓参りに通ってきた兄夫婦の年齢を考えると、今がラストチャンスだったかとも思えます。

11月はじめに岡山の墓地での抜魂供養には、四国からお寺さん、石屋さんも来て下さいました。

そして、この度四国の新しい墓地での入魂。

兄姉私の3兄弟も久しぶりに揃い、互いの無事を確認しつつ・・・しかし・・・

年とったなあ~ 老けたなあ~と内心感じたり。

新しい墓地を探すのが大変だったようです。

本来なら、墓地のある場所(地域)の方に優先的にお分けする区角だそうです。

実家は優先には当てはまらない住所。

しかし、医者の少ない時代に開業医として長く仕事をした父でしたので、

○○先生のお墓なら、この地域の人達もお世話になったことだし、使って貰って構わない。

そんな、有り難いお気持ちがあって、無事に移転が実現したと云う事を、昨日お墓の前で聞きました。

岡山を去ったとはいえ、父を知っていて下さる方々の近くで眠ることは、意味のあることだと、改めて感じている私です。

晩秋の風景の中を車で走りながら、色々な思いがグルグルと巡りました。

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コメント

亡くなられても生前の行いでふる里の地に眠れることになったお父さん、お医者さんとして素晴らしいお日ごとをされたのですね。素晴らしいお父さんを持たれてとも子さんは幸せですね。
これからのお墓参りは懐かしさを感じる時間になりますね。

>>>ヒサ子様

 少々複雑な気持ちの私です。
父は岡山生まれで岡山が大好きでした。
その地を離れてしまったのですから、その点では
残念さが残ります。  しかし、愛媛は私が生れる以前から父が亡くなるまで長く過ごし、仕事をした土地です。
父を知っていて下さる方も多くいらっしゃいます。
何と云っても息子とその家族が近くに居るのですから
一番ほっとしていることでしょう。

実は一昨日訪問したのですが・・・
お父様はずっと愛媛でご活躍された方だと
思っていましたのお墓が岡山にあるっていうのが
理解できなかったの

tomoko様のお父様は
医は仁術・・その道を歩まれた立派な方で
患者さんから信頼された方だったでしょう
そのお嬢様のtomoo様も
素敵なレディとして成長されきっとお父様も
喜んでいらしゃいますよ

お墓参りが遠くなりましたね

>>>おばさん様

 父は岡山生れで岡山にご先祖様たちのお墓がありました。
その説明が抜けていましたね、失礼しました。 大学病院からの派遣で愛媛で勤務しはじめ、そのまま居ついてしまいました。
引っ越しは漁船、荷物はミカン箱で。
「○○と云う所はこの辺かなあ~?」と尋ねながらだったそうです。  時代が大きく変化したなあ~って感じますね。
沢山の知り合いに囲まれた墓地なんだと思います。

お父様の遺徳ですね。
ご立派なお父様だったのですね。
お墓のこと、先日も、サメ氏サメ家の菩提寺のお坊さんと話したばかりです。
サメ家の墓は、サメ氏で最後になると思うので・・・
しかも、田舎、で、墓地はさらに山の中。
くちこは、運転はしますが、サメ家までは、ちょっと厳しい・・・
サメ氏が他界して、サメ家の墓地に入ったらお参りは不可能に近いです。
サメ氏が、立派なお墓を建てようとした時に止めたのですが、無駄でした。
今は、お寺、お墓、お葬式、過渡期ですね。
ご兄弟揃ってのお墓のお葬式、お幸せなことだと思います。

>>>くちかずこ様

 兄弟揃って・・・こんな事でもないと、なかなか揃うことが無くなりました。 父は明治最後の年に生れ、昭和最後の年に亡くなりました。 一応外科医でしたが、あの頃の医者は何でも診ていましたし、小学生の私も薬を包んだり父が顕微鏡を覗く隣りでノートに印を入れる手伝いをしたり・・・家内工業のようでしたわ。
お墓事情は、今過渡期で、墓じまいされる人は多いけれど、墓地を求める人は少ないようですね。 次の代には永代供養がぐ~んと増えそうに思えますが・・・

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