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2016年11月 7日 (月)

秋晴れの文化の日に

このところ、季節が大きく進み、朝などは寒ささえ感じる。しかし 日中 太陽が顔を出してくれれば、まだ 薄手の長袖ですごせ一年でも一番気持ち良い季節である。

 

私の体のセンサーもこの良い気候に反応し、幾分体の動きが活発になるのが自分でも分かって、面白い。

 

11月3日、文化の日も 秋晴れの気持ち良い日だった。

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     後楽園の入り口には菊花展  富士山です

少し前から、博物館で開催されている「新見荘」の展示を観に行こうと予定していた。新見市(にいみし)というのは岡山の県北にあり、美術館の良いのがあるので年に2度くらい足を運ぶ。しかし、美術館以外さして見るところもないような・・・というのは、私達が知らないだけなのかもしれないが・・・で、美術館を観たあとはどこかでお昼を食べ・・・あっ!  そうそう! 千屋牛(ちやぎゅう)は、その美味しさと、値段の高さの両方で名が通っているのですが、そうそう口には出来ません。 

結局、新見に付いてはこれと云った知識が無いまま、長年過ごしてきたことを自覚したのです。

 

だから・・・県立博物館でしている展示を観て少し理解を深められれば・・・と、くどい説明になりましたが出掛けてきました。 

002_800x600    県立博物館は後楽園入り口の向かいにあり

    後楽園 の土産物売り場の前には 清水多嘉示先生作、

             「緑のリズム」像があります

その昔、京都の東寺の荘園だったこと。東寺から 祐清(ゆうせい)という僧が直務代官としてやってきたこと。 この人がなかなか厳しい取り締まりをする人で、農民の反感を買っていたこと。 ある時 馬で村を回っていると、家を建てている前を通りかかった・・・ 建築中の家の前を通る時には馬から降りなければいけない決まりがある・・・にも拘らず降りなかった。 普段からの反感もあってのこと、その場で殺されてしまったのです。 

 

一方、祐清には たまがき という世話係の娘が付いていました。 1年ほど 世話をしている内に いつしか思いを寄せるようになっていたのです。 祐清が亡くなった時の一切のことも この娘が取り仕切ったということでしたが、形見として 祐清の着物3枚でも、頂けないかと・・・ 東寺にあてて手紙を書いたのです。  

この手紙は 京都府立、総合資料館、所蔵「東寺百合文書」の中に「たまがき書状」と呼ばれる、かな文字で書かれた手紙が残っていて、

室町時代の農村の女性が書いた直筆の手紙としては唯一、現在に残る貴重な資料だということです。

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こうして、説明的に書くのは苦手ですが、新見市は 祐清とたまがき をもっと広く知ってもらうことで、町おこしをしたいようです。

今回は私の苦手な 歴史のお勉強を少しだけ・・・ 復習でした

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コメント

後楽園の菊、見事ですね。緑の像も素敵です。
新見は伯備線で行くと鳥取との境にある町のようですね。
偶然ですが帰ってきた息子が新見に車で出かけたことがあると話していました。新見の歴史、手紙を書いた女性の行動は当時としては思い切ったことですね。
文化の日からもう一週間近くたちましたが、確か1日家にいたような気がしますが何をしていたのか全然思い出せなくて、もしかして認知症の現れと少々不安になっています。

 息子は3泊して月曜日帰っていきました。相変わらず無口で少しは変わってほしいという私たち夫婦の願いは空振りでした。coldsweats01
今日は風が強く寒い1日で、トランプショックの風が海の向こうから吹いてきたようです。

ヒサ子様≫ 今日はPCのご機嫌が斜めのようで絵文字が入らないの(涙
息子さんのいらっしゃる高梁と新見は隣り町って感じかな?
お元気でしたか? 息子さん。  親の前では照れもあるし、
我が家の息子達も何もしゃべらないですよ。でも、高梁でのお仕事が続いているのだからちゃんとされてる証拠でしょう!
東寺と新見とはごく最近になってきちんと手を結んだようで、
めでたし・めでたしとなったようです。 
寒くなりましたね!

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