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2016年6月18日 (土)

明日は父の日

父の日って、いつからあるのかしら?

 

私の子供の頃の思い出には出てこないので検索⇒こちら

記憶にないはずで、私が大人になってから国の記念日になったようです。

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先日、旧いアルバムを4冊ほど整理し、その中の大半の写真を処分しました。

処分できないで残ったのは、自分を含む家族の写真です。

幼い自分が居たり、若い両親の笑顔があったりします。

姉、兄、私の3兄弟は、みんな中学から家を出て、寮や下宿をしながら上の学校へ行きましたから、親と言い争ったり、反抗したりということもなく、あっさりした関係でした。特に父は仕事、仕事の毎日。時間があれば読書ばかりで、私達と直にお喋りをすることもほとんどなかったと、記憶しています。

今朝になって、ふっと気が付いたことがあります。

もうずっと以前のことになりますが、TVで中井貴一さんが話していたことで、

父を早く亡くしたから、父親という存在が分からない・・・

父としての振舞い方が分からない・・・ と、その様な話しでした。

私の父も、早くに父を亡くしています。 もしかしたらですが・・・

中井貴一さんと同じような気持ちがあったのかもしれません。

旧いアルバムの中に居た父の気持ちがほんの少し理解できたような朝です。

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コメント

若いお父様の写真を見ることができるとも子さんがうらやましいです。

片田舎に育った私は父の若いころの写真はありません。今手元にあるのは60台を過ぎてからの写真ばかりです。
記憶の片隅に、これがお前だよと、母に見せられた写真に父親に抱かれた赤ん坊が映っていたように覚えているのですがそれっきりで母が亡くなって遺品を整理していた時も出てきませんでした。

写真を整理する暇もない忙しい日々だったのでしょう。
お父様と生活する時間が少なかったようですが、一貫した教育観を持っていたお父様は素晴らしい方でしたね。

それにしても母の日に比べ、影の薄い父の日は寂しいですね。
息子たちからは何もなかったので、 ちいさな花束、スーパーで購入coldsweats01とウナギでお祝いしました。とも子さんのところはプレゼントが届けられたのでは、

presentさっこさん おはようございます
今日は貴重なcloudsunこの天気予報です!
父の日といっても、ホントに母の日に比べると世の中が静かです。  長男からはお肉が届き、次男一家は食事に誘ってくれました。 「娘からは なにもないなあ~」 と言っていた夫でしたが、夜、メールが入っていました。
父とお喋りした記憶がほとんど無いのですが、日曜日、西部劇等の映画を観に、小学生の私をつれて街へ行くことが時々ありました。 写真の中では、二人一緒に笑っているのもありますから、可愛がってくれたのだと思います。  ジ~ンと胸にきますね!

いつの間にか、自分の父親を思い出すより、子供達からの父の日プレゼントを楽しむようになっています。父が生きていたら、もう100才???先日、100才の方のお祝い会に行ってきました。人生100才って壮大ですねえ。マ・ア・ア・・健康でなければいけませんけど。私の父は56才で、なくなりましたので、大人の会話をしたかったなあとつくづく思います。

母の日に比べ父の日は影薄い感じでしょうか
一般には・・・・ね
父親って寡黙であっても所作の一つ一つやその姿で
子供に与える影響は大きいと思っています

父の気持ちがほんの少し理解できたような朝です<<<<
素敵な朝と共に1歩お父上様に近づきましたね

presentももりさん、おはようございます!
父の日、母の日は私達夫婦に対する子供との関係を感じる日になってますよ!
自分の父親のこと、ふっと思い出すことはあっても、写真で顔を見ることってほとんどなくなっていましたsweat01
時には、写真であっても再会は。ポッと気持ちが暖かくなりましたよhappy01

presentおばさま、おはようございます!
現実の暮らしに流されてゆく中、両親の晩年の齢に近づいてくると、どういう気持ちで過ごしていたのかと・・・改めて訊いてみたい思いがあります。 
父親の願いがあって、私達兄弟は中学から家をでて学ぶ道を
与えられたのです。父の愛あって、今の自分が居ることに感謝です。 この歳になっても親の背中を見ているんですね。

tomokoさんのブログの中に、日本の父親像のひとつが確かにありますね。
仕事一筋で、子供には凛とした背中を見せていればいいという・・・。
今の若い世代のように、子供と一緒になって楽しく遊ぶというのは、私の子育て時代にもあまりなかったような・・・。

それより3兄弟が揃って、上級学校へ進むために、中学から家を離れたというのも珍しく、感銘を受けています。
お父様は、まず教育という事に重点を置かれていた素晴らしい方だったんですね~。

presentちゃぐままさん、おはようございます!
お返事、おそくなって御免なさい。
田舎町で育ちましたので、父は「子供たちに残せるのは、教育しかない」と考えたようです。 羽仁もと子が作った≪婦人之友≫という雑誌を母よりも熱心に読んでいた父でした。

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