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2015年7月21日 (火)

北の果てで・・・

notes~~~宗谷のみさきぃ~ ♪ 

かつて流行った歌がありましたから、私も名前は良く知っていましたけれど、この北の果てに想いを寄せることは無かった!  と。

バスガイドさん(ベテランさんで、本音を語ってくれる人でした)が、皆がよ~く知っていて当然のように口にされた言葉が私には何のことか解らなくて・・・sweat01

自分の無知を恥じたのでしたが・・・

皆様はご存知でしょうか?  「氷雪の門」 を!

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256_800x346サハリン(樺太)がよく見える日も多いという所に建っているのがその門です。

かつて日本領だった樺太で亡くなった全ての日本人を悼んで造られたものだそうです。

真ん中に立っている女性像は膝を曲げ、両手のひらを見せながら首を後ろに倒すような姿勢をしています。

顔は戦争で受けた苦しみを

手のひらを見せているのは、樺太も家族も失ったことを

足はその悲しみや苦しみから早く立ち上がることをあらわしている

                                 そうです→

かつて日本であった樺太・・・についてはその事実は知っていても、それがソ連(現ロシア)のものになってしまった事の痛みを感じてなかったというのが、私の正直な感想。 

254_800x589255_800x378 昭和20年8月15日をもって終戦。

樺太真岡(ソ連との国境近く)で電話交換の業務をしていた12人の日本女性がいました。終戦後の8且20日にソ連軍が侵攻して来たのです!

何をされるか知れない!  彼女達は写真にあるような言葉を残し、9人が青酸カリで自決したのです。  参照はこちら

戦後70年です。 が、まだまだこの悲しみは続いていると感じます。

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ハマナスが綺麗に咲いていました。 良い香りがすることをはじめて知りました。

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礼文島でのお宿は心遣いが細やかで、気持ち良く過ごさせていただきました。

オープンしているのは4月半ばから9月半ばまでだそうです。(花れ○ん)

今が観光のシーズン真っ最中ということでしょうか。

シーズン中はバスガイドさんやドライバーさんが、沖縄からも来られているなんてことも、初めて知って驚きました。

旅の下調べなし・・・が、私達のスタイルになってきてますsweat01sweat01

そんなことではいけないのですが・・・

行きあたりばったりで、でも、、、あれやこれや学ぶことが沢山あったと感じています。 

最後の最後に、羽田から岡山行きの飛行機が天候不良で、羽田に引き返すことがあるかもしれないと、表示されていました。

 もしそうなったら・・・東京で1泊? 困る~~ぅ!

添乗員さん(各地からやってきて羽田集合のツァーでした)が

「もしそうなっても私達が待っています」 と云って下さいました。

実際には引き返すこと無く、岡山に到着しましたhappy01    

           長々とお付き合いありがとうございました。

            これで今回の旅シリーズを終了します。

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コメント

氷雪の門,以前、新聞かどなたかのブログで見たような記憶がありますがはっきりした記憶がなくてsweat01

20代のころ釧路から野っつけ半島という小さな半島(知床半島の南側)を訪れた時返せ北方領土という看板があちこちにあり、半島からはかすかに北方領土の島々が見え複雑な思いをしたことがありますが、あれから半世紀近くたつというのに同じ状態が続いているのは悲しいですね。

沖縄は日本に戻っていていても基地問題がありますし、もうこれ以上国と国の争いで悲しい思いをする人が増えることは避けてほしいですね。悲しくて、悔しい思いがありますが北方領土も樺太も日本に帰ることはないのではというあきらめに似た思いをすることがあります。住んでいた方々には受け入れられないことでしょうが、
ハマナス本当にきれいですね、悲しみを癒す花に見えました。

shipさっこ様
北方領土はもう返ることは無い・・・私もそういう気がします。(唯自分の感じとしてですが)
北海道から一番近い所で40キロ余しか離れていなくて、良く見えることも多いと聞きましたから
昔、住んでいた方達にとっては今も重いが残りますね!
悲しい歴史を忘れてはいけないと知らされました。

沖縄でも樺太でもいつも悲しく辛い
犠牲者になるのは弱い女性や幼児と
いう事実に心が痛みますが
戦後70年の歳にとても良い地を訪ねられましたね
昨年のクルージングでサハリンを訪ねたときの
思いが甦りました

shipおばさまへ
例えようも無く、悲しく辛い想いをする人が大勢出るのに
地球上から戦争が無くなることはないのですね。
悲しいことだとおもいますsweat02
戦後70年、改めて戦争の悲しみ、愚かさを体感してきました。

樺太まで40キロしか離れていないのです。

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