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2015年6月 2日 (火)

石炭の思い出を・・・

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晴れの天気が続き、水遣りが欠かせなかったが、今日夕方から明日は雨との予報に、少しほっとする。

001_480x640我が家のアジサイも見頃の株や、蕾が固いものもあって、これからしばらくは楽しめそうである。

上の写真の、右手前、赤い装飾花のアジサイをを挿し木したものが初めて花を付けた。

それが←の紫がかった花である。

土壌の酸性度によって色が変わることは知っていても、目の前にこうして比べて見ると驚きを隠せない。

今朝は早く目が覚めたので、4時からのNHK「ラジオ深夜便」を聴いた。4時代は「明日へのことば」・・・興味深い。

今朝は出版社【コールサック社】の代表でもあり、詩人の鈴木比佐雄氏の話だった。誰でもが詩人でありうる・・・と云われる。

コールサックとは石炭袋のことだそうで、育った家が石炭やをしていたところから取った名前だとか。

私が子供だった頃、父の診察室にストーブがあり、石炭をくべていた。石炭置き場は奥まった廊下のわきにあったことなど思い出した。

そんな事を今まで思い出すことなど全くなかったのに・・・である。

子供の私にとって、その石炭置き場は結構広かった、と感じたが、雨の当たらない所といっても土の上に山積みになっていて、それをスコップか何かで、石炭入れ(ブリキで出来たバスケットのような形のもの)に入れてストーブの横に置いていた。

他の部屋に、ストーブはなく、暖房と云ったら・・・火鉢だったのだろうか?

夫の家では、ストーブはなくて掘りごたつだったという。

私の家に掘りごたつは無かった。大体、、炬燵があったかどうか・・・それさえもよく覚えていない。 夜寝る時には・・・火を入れた炬燵だったことは覚えているが・・・   今考えると、恐い! と思うけれど。

そんなふうで、私の記憶から欠け落ちた部分を、姉や兄に訊いてみたいと思った。

ラジオの方が話されるに・・・石炭は藁でできた袋に入れて、運んだ。と云う。

それって・・・私、覚えている気がする。

藁でできた、と云われたが・・・むしろ?  こも? 四角い袋になったものだと思う。

      ~~~~~~~~~~

こんな昔の、何でも無いようなことが、無性に懐かしくて仕方がない。

忙しく変化する現代のことには、話しの輪にさえ入れないことが多いが、

懐かしい話しでのんびり楽しく・・・なんて思うのは・・・やはり歳だってことだなあ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

石炭ストーブ・・・・お父様の診察室・・・・なつかしいなあ。あのちょっと嫌なにおいまで思い出します。私にとって石炭ストーブといえば、小学校の教室のストーブ。当番にあたってお掃除をするのがいややったなあ。手がまっ黒になって・・ね。我が家は掘りごたつもこたつも、豆炭あんかも・・・湯たんぽも…全部経験しましたよ。親の苦労はま・あ・あ・・外において・・・穏やかでしあわせな子供時代でした。

cherryももり様 おはようございますrain
石炭ストーブが突然、すごく懐かしく感じられ・・・こんなしょうも無い? 事ではありますが、
人の記憶って不思議で面白いものだと思いました。
ももり様も、懐かしく思われましたか?  私は四国育ちなので、小学校には
ストーブは(暖房は)ありませんでした。 中学で東京の学校になり、そこには
達磨ストーブが各教室にあって、感激したものです。
思い返すと、あれもこれも、不便な世の中でしたが、幸せがありましたね!

鮮やかな彩のアジサイの数々
見事ですね
tomoko様の手入れの良さが伝わります
(御輿入れした菖蒲??
今年も綺麗に咲きましたよ)

ストーブにまつわるお父様との思い出
大切な一ページをしっかり覚えてお子様たちに
話してあげてください

田舎で育った私には石油ストーブなんて
見たこともなっかたと思います
何処の家も堀炬燵や囲炉裏でした
わが家では掘り炬燵は今でもあります
畳で蓋をしていますが外せばすぐに炬燵に
変身します

cherryおばさまへ
人の記憶って不思議!  って思います。 石炭ストーブなんて、どうってことない物でしょ?
今まで思い出すことも無かった・・・それなのに、そのストーブの事というのか、それが有った時代の
暮らしっていうのか・・・無性に懐かしく思ったのcoldsweats01  
今では考えられないことですが、診察室は手伝いの場であったり(薬を包むとか)遊びの場でもあったかな?
夜には、顕微鏡を覗いて父が口に出す記号?を私が書きとめるとか・・・たわいもないことでしたが
末っ子なので、その頃はもう姉も兄も家をでて寮や下宿生活でしたから一人っ子みたいに扱われていたのかもしれないです。
掘りごたつのあるお家が羨ましかった!!

こんばんは
石炭ストーブ懐かしいです。
東北の片田舎の小学校で学んだ私には懐かしい言葉です。
今でも石炭ストーブで思い出すのは、田舎の学校で給食がなかったので冬季の弁当を温める場所でもありましたが
ぷーんとたくあんのにおいが漂って来たり、懐かしい思い出です。happy01

アジサイ鮮やかですね。仙台もこれからあじさいが咲き始めます、楽しみです。

cherryさっこ様、おはようございます!
こちらは遂に梅雨に入りましたrain  長雨は気分も鬱陶しくなりますが
悪いことばかりではありません。水遣りから解放される嬉しさがありますから。
石炭ストーブって、東北では欠かせない物だったのでしょうかしらね?
私は四国でしたから、小学校に暖房は有りませんでしたし、第一、給食どころか
お弁当も距離が近いから許されておらず、歩いて食べに帰っていました。
今とは随分な違いですが、考えてみれば未だ戦後だったのですものね!

アジサイは梅雨の雨にピッタリの花、楽しんでくださいね。

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