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2015年5月19日 (火)

残された貴重な時間を輝いて・・・

緩和ケア病棟のボランティアの活動日でした。一応「絵手紙の日」となっていて、看護師長さんが絵手紙が出来そうな患者さんに声をかけて下さいます。しかし近年、病院の方針が変わり入院されている方達は、状態が悪くて、絵手紙をしてみようという方がほとんど居られないのです。  これではもう絵手紙グループは必要がなくなったかと思えるくらいです。

今日の患者さんとの出会いは胸に真直ぐ響くものがありました

一人の男性(Aさん)が看護師長さんと一緒に出ていらっしゃいました。

イベントの招待状作りで机の上一杯に広げていたものを急いで片付けましたが、Aさんは描くことより、おしゃべりをされたかったようで、初めてお目にかかったにもかかわらず、明るく冗談交じりにお喋りをはじめました。

A  あんたらぁ~ ボランティアして偉いなあ~

   昨日の人に、失礼ながら尋ねたんよぉ~

   『ボランティアって、本当に1円もお金もらわんでしょうるん?って』

 ボランティアをさせて貰いながら、自分も周りからボランティアして貰ってるようなもんなんですよ

 お金じゃ買えないようなものを色々貰うんですよ!

  あ~ ほんまぁ~

   癌になってから、出会いや、色々な素晴らしいことが一杯あるんじゃあ~~

 ほんでな、僕もボランティアの・・ボ・くらいの真似ごとがしてみとうなって、この前○○で、癌患者とその家族の会云うのを立ちあげて集まりをしたら、喜んで貰えたんじゃあ~  

 凄いじゃないですかsign03

 良い出会いがあるからか、余命半年と云われてから2年過ぎ、この7月で3年になるんでぇ~  

  治療も抗癌剤もな~んもせんかったんが良かったんか? 

  それでも今度はもう悪い。モルヒネもつかようるしなぁ

 ドクターが『治療したら1年』と云うたからぁ~  「治療せんかったら?」『せんかったら半年』と云われた。

 他の人に聞いたら『あんたの癌は治療してもせんでもえろうかわらんで!』 と云われ。。。  それで電話で治療のキャンセルをしたんじゃあ~  治療を断ったら、僕は医療と縁がのうなってしもうたじゃろ?  それでぇ~ 最期の時の事を思うて、あっちこっちの緩和ケアへ出向いていったりして、この看護師長さんと出会い、それで此処に決めたんよ。

ボ ふ~~ん

 残りが180日なんじゃから、1日 1日と減っていくがぁ~

  僕は気が小そうて・・・弱いから・・・片付けをした。アルバムからな!

 片付けなんて、せんでもええんよ!  気に入った写真だけ『これ!』って伝えといたらええんよ。

  一つ片付いたら肩の荷が一つ減り、もう一つ片付いたら荷が二つ減る。そうやって荷がへったら、気が楽になるじゃろぉ~  じゃから、アルバムを片付け、遺影も作った!

   それでなアルバムを整理しとったら、メモがパラット落ちて、50年前にお世話になった人の名前と電話番号が書いてあって・・・迷ったけど、お礼を云おうと・・・電話してみた。 

「もしもし?」 「もしもし・・・」 「もしもし・・・?」 互いに窺うような感じじゃ

「○○さん?」  「お~ □□さんか! どうしとるん?」「実はこれこれしかじかで・・・・」 「息子の嫁が津山でお産するから、生れた時に岡山へ行く。その時には会いましょう!」 ・・・といって電話をきった。 切ったと思ったらすぐかかって来て、なんじゃろう? 思うたら、さっきの電話の話を奥さんが隣りの部屋で聴いとって『あんた、孫が生まれたらじゃのうて、明日。明日行きなさい』というから・・・ って、50年ぶりの話が明日会うことになったりしてなあ~~ 不思議なことが一杯いっぱいあるんよ!  癌のお陰じゃあ~

お話しを聞かせて貰いながら、ボランティアの皆の目に涙がこぼれそうでした。

ボランティア4人でしたが、20余年前にご主人を送った人、昨年送ったばかりの人もいます。昨年送った人の胸中には生々しい記憶が蘇っていたと思います。

でもAさんはとても明るくしっかりした声で話しをして下さいました。

貴重なお話しを聞かせて頂いて、それはボランティア一人一人の胸の中にスーっと真直ぐに、まるで氷柱のように入り込んできました。

時計が12時を周り、奥さまが来られました。 

 奥様もどうぞ、お掛けになって・・・

 この人は、世界中で一番のええ奥さんなんじゃ!  けど、人の話に入るのが苦手なんじゃあ~

   じゃから、もう帰るわな!   

   仕事の手を休ませてしもうて、申し訳なかったです。

          ~~~~~~~~~~~~~~~~

お昼休みの後、 またAさんが出てこられ、お礼状を出したいんで、私達が作っていたアジサイの花の葉書を分けては貰えないか? と云われ、、、

それなら自分で絵を描かれぇ~  それが一番ええよ!  っとの勧めに乗って

アジサイの花を描かれたのです。 『楽しいなあ~』 って。

余命僅かとなっても、Aさんのように生きられる人もあるんですね!

キラキラ輝いていたAさん、素晴らしいと拍手を送りたくなりました。

最期の時には、ピースをして笑いながら・・・が、夢だそうです。

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ボランティア」カテゴリの記事

コメント

重くなりがちな緩和ケアーの雰囲気を明るくしてくれたAさん素晴らしい方ですね。
病状によって皆さんがそういう方ばかりでないことはわかっていても一人そういう方がおられるということはきっと
緩和ケア全体の雰囲気も明るくなることでしょうね。

実は2番目の姉の夫(義兄)が4月から治療がかえって普段の生活を苦しいものにするだけだということにきがつき、一切の治療をやめ大学病院の緩和ケアセンターで生活しています。歩くことはできませんが他のことは大体一人で出来たまに外泊もできる状態です。3回ほど見舞いにいき、一度は写真も撮ったのですが、みなぼけていてとてもUP できる状態でないので控えています。緩和ケアーセンター全体が明るくるく思いやりに満ちていて気持ちが救われます。お見舞いに行くたびコーヒーを淹れてもってきててくださるボランティアさんにとも子さんを思い出しています。毎日乗り物を乗り継いで通っている姉の思いを何とか軽くしたいと思いながら、ときどきかをを出すくらいしかできないのがもどかしいですね、義兄の命がある限りこの夫婦を少しでも支えられたらと思っています。ボランティアさんには本当に感謝です。

hospitalさっこ様
お返事が遅くなりました。 2泊3日で九州へいっていましたので・・・
治療をしない、という選択はとても勇気が要ることだと思います。固く決心していた
つもりでもDrの一言でコロッと決心が変わってしまったりすることも多々ありそうですし。
義兄様もよく決心されましたね。うんと若い方は何としてでも延命を! ですけれどねぇ~
お姉さまのお気持ちを思うと堪らないですよね。  
Aさんの明るさに、私達も驚くことばかりでした。
学ばせて頂いています。

ともこさんこんにちはscissors
ボランテアの話や緩和病棟のAさんの話深い感銘を受けました。
昨日東北大学の白菊会の総会があって記念講演で「脳卒中の治療と予防について」を聞いて来ましたが一日一日を生ある限り輝いて生きていこうと思いました。tomokoさんが出会ったAさんはまさにそういう方ですね。
又ボランテアをなさっているtomokoさんも眩しい位輝いています。自然体で気長にお願いします。happy02

hospitalかもめ様
こんにちは!  体調は如何ですか?  同窓会でしたか。
良いお話も聴かれたようで、これからの生き方の指針となったのかしら?
忘れっぽい私は、繰りかえし繰りかえし・・・こういう素晴らしい方のお話しを
伺わないと、忘れてしまいそうです。  
輝いていたい!  凛として生きていきたい!  私の願いです。
誰もが願う事だと思います。 強く願いましょうね!!
眩しいくらい輝いている・・・その言葉、とっても嬉しい! 
そうありたいです!  ありがとうheart02

ともこさん、お久しぶりです。このブログ、読ませていただいて胸がじーんと来たというか、
2度3度と読みました。
病気に自然体に向き合われている姿には心打たれます。
苦しい病気に向かい合う時 周りに人に当たるんじゃないかなというのが私にとって
気掛かりなことなのですが、少し勇気をもらったような気持ちになりました。
   一つ片付いたら肩の荷が一つ減り、もう一つ片付いたら荷が二つ減る。そうやって荷がへったら、
   気が楽になるじゃろぉ~  じゃから、アルバムを片付け、遺影も作った!
   この人は、世界中で一番のええ奥さんなんじゃ!
心に響きました。
良いお話をありがとうございました。

hospitalmoka様
お久しぶりです!  私も失礼ばかりで、お許しください。
昨晩、お返事書いたと思ったのに、今、見当たりませんsweat01
ついに!  ボケ??  
このAさんとの出会いは、衝撃でした。 この明るさは何処から来るのかしらって。
そして自分の書いたブログを何度も読み直している内に、Aさんの心の奥深くの
悲しみがジワ~ッと胸を突き上げてきました。 それはAさんに限らず、生を与えられている
人間の宿命、死。誰も避けられない悲しみです。
でもAさんの生き方に勇気を頂きました。

いいお話ですねえ。世界中で一番ええ奥さん・・・・ツンときました。治療も抗癌剤もな~んもせんかったんが良かったんか・・・・おいくつの方だったんでしょうか。癌の治療は本当にいろいろあるようですね。

hospitalももり様
日本人は気持ちを伝えるのが照れくさくて苦手。  私達夫婦も口に出来ません。
でも、早くご主人を亡くされた友人が云います。 元気なうちに口に出して伝えておくこと! って。
Aさんはどうどうと、伝えていましたねえ~
多分67歳くらいだと思います。
癌の治療は何が良いか、良くないか・・・??  解らないことが多いですが、
自分の信念を貫くか、、、この先生にならお任せしてもよい!  と思えるか・・・?
ももり様のようにお元気になられた方も沢山いらっしゃいますものね。

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