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2013年8月23日 (金)

最後にたべたいものがある

本日のタイトル【最後に食べたいものがある】は先日8月21日にPCへ配信されてきた朝日新聞デジタルヘッドラインの見出し

アスパラクラブが朝日新聞デジタルヘッドラインと装いを新たにし、毎朝デジタル版が配信されてくる。受信メールに今日の一番目を引く見出しが書かれているが、これを見るというほどの事も無く、せっせと削除を繰りかえす私がいる。ちょっと興味を引く見出しであればメールを開くこともしたが、

・・・続きは、となっていて 会員IDを入れないと見る事ができないのだ。

IDを覚えているはずもなく、一々調べるのはめんどうで、結局削除の手間だけが続いていた。

ところが去る21日のタイトルは気になって、入ってみた

最後にという、最後とは・・・人生の最後のことであった

淀川キリスト教病院のホスピスといえば、ホスピスの始まりのようなイメージをもっているのだが・・・

そこでの実際に行われているお話しで、 私が特に驚いたのは、実際に入院されている患者さんや奥さまのお顔も映り、お声までもが・・・

動画で見られるようになっていたこと

ここのホスピスでは毎週土曜日の夕食には、患者さんの食べたいものの希望栄養士が一人ひとりに伺う。 ⇒ 調理師にイメージと細かい指示を伝える⇒不慣れな料理だと自宅で練習もする。

・・・と、このような手順で希望の料理をつくりあげる。

お料理屋さんのそれのように、器も考えられているしとても病室での食事とは思えない。

普段は2割程しか食べない、と奥さまが云うがこの日、大好きなお刺身を主にしたお料理は「おいしい!」「こんなにしてもろうても、ええのかいなあ~」のような言葉と共に完食に近く食べていた。

この男性患者さん、その2日後から昏睡状態に陥り3日後(だったと思う)亡くなられたそうである。

毎週土曜日の夕食は希望食をだすという。当然食材費が跳ね上がることもあるが、それは病院側で負担するそうだ。それより何より、手間もかかるし、困難なことが多々あろうことは容易に想像できる。でも患者側に立ってみればこんなに嬉しいサービスはないだろうなあ~~

私がボランティアをさせてもらっている緩和ケア病棟にも、これに通じるようなものとして、年に数回 バイキングを開く。

前もって食べたい物の希望を伺い、それらを加えた品を並べる。

ビールだってOK,可愛いスイーツも何品も並ぶ。

実際にお腹に入るのはごくごく少量ではあるが、目で見るだけでも嬉しい様子をされる。ここでもお刺身は人気が良い。

唯、残念ながら年に数回と云う事は、その時に上手く行きあたらないと、そのサービスを受けることはできない。

ボランティアの高齢化が著しいことも気になること。

人生の最後の嬉しい食事!

マザーテレサの言葉を思い出した。 

生れてから今まで、人に愛されたことも無く、優しくされたこともないまま死を待つ人に、私は高い薬を与えます。 死んで行こうとする人に無駄だ。と云う人もあるでしょう。しかし人生の最後に愛されているという思いをあたえてあげたいのです。

  ・・・以上の 言葉は私の記憶なので正確ではありませんがお許しを・・・

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コメント

人に愛されたことも無く、優しくされたこともない<<

きっと誰かに愛された過去だって合ったと思いますが、
それを感じ取れなかったとは、あまりに寂しく切ないですね。
それだけに、マザーテレサの言葉が
温かく人の心を打ちますね。
目がうるんできました。

おはようございます。
淀川キリスト教病院の最後の料理、心にしみるサービスですね。
目がウルウルになりそうでした。
いまホスピス病棟のある病院はたくさんあるようですがこのようなサービスを提供を行っている病院、どれくらいあるのでしょうか、

マザーテレサのお話も感激でした。  confident

diamondおばさま、こんにちは!
愛されている! 優しくされている!  このどちらも受け身側の感受性が問題かもしれませんね。
孤独で辛い人生だったと思っても、小さな愛や優しさがあったと信じたいです。
マザーテレサの生きる姿勢、真似できませんけれど、それに近づく気持ちは失くしたくないですね。

diamondさっこさん、こんにちは!
久しぶりの本格的な雨、少し心配もしましたが何事もなく、涼しさを連れて来てくれました。
人も草木もホット一息できました。

淀川キリスト教病院、ホスピスのように、患者さんの気持ちにそったサービス、簡単なようで
実行するには困難が多いと思います。でもそういう病院が増えてほしいと願われますね!

こんにちわ。
たぶん、私がテレビの番組で見たのと同じだと思います。
私の父親は腸閉そくを起こしたのですが、閉塞を起こした場所が特定できず、1ヶ月絶食。その後、一番長い内視鏡を他の病院から借り受けて、閉塞場所がわかり(普通はあり得ない小腸近くだった)更に一カ月手術までの間、合計2カ月以上も飲食が全くできない除隊でした、開腹したところ腹膜に癌が出来ていてそれが、内臓の外側から「星のように」小さな癌が無数に出来ていて、閉塞していた腸を切り取りつなげただけで、手術は終わりました。その後余命2週間から2カ月なので、ガンの治療は一切せず、食べたいものを食べさせて良いと言われて、退院しました。抗がん剤の治療も一切なく、本人にも余命の事は言わず、そうそう食べられたわけではありませんが、丸2カ月の絶食から解放されました。それから、本人の自由に過ごさせて、丸1年生き抜いてくれました。今思うと、治療はせず、自由に食べられた(ホントに少ししか食べられなかったですが)と言う事が生きる力になったのではないかと思います。抗がん剤で食べられなくなったら、命の長さと、命の質と比べてどうだったんだろうと思います。
自分の思うものを食べると言う事は、生きるそのものなんだなと思って、番組を見ながら、父親は幸せな最後の1年だったんだなと思います。

diamondよしこさん、こんばんは!
よしこさんのお父様、2カ月も飲食できなかったのshock その後に口に入ったものは、さぞ美味しく感じられたでしょうね~
人間、好きなものを食べられるってことは究極の喜びかもしれませんね!
抗癌剤治療は受けたくない!  胃ろうもしたくない! 延命治療はお断り! と
今の段階では強くそう願っていますが・・・これとてもなかなか、願い通りにはいかないことが多いみたいですねweep
私くらいの歳になれば、延命よりは、短くても質の良い時間を過ごしたいと思います。

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