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2012年7月12日 (木)

こんなところにネジバナが・・・

001_480x640_2一週間ほど前、ウォーキングしていて、住宅街の一画に

売れ残ったのか、家が建たないで草地になったところの

草の中に うっすらとピンク色のものが見え、ちょっと後戻りして近づいて見た

 あ~ぁ~ heart04

  ネジバナ

私の心が、瞬時に学生時代に巻き戻され、懐かしさで溢れた。

広い芝生の管理を任されていた学年の時だ。 芝生の中に生えた草取りをしたり、芝刈りをしたりと 汗を流したのだったが、このネジバナも生えていて、草として抜いていたのだった。

あれから長い年月が経ち、今の私の生活圏では見ることの無くなったネジバナ。

ときおり、誰かのブログで出会うことはあったのだが、

こんなに可愛い花を、草として抜き捨てていたなんて! と

      ・・・・・あの時はそうするしかなかったのだろうが・・・

私の心の中にしまいこまれていたネジバナがこの空き地にたくさん生え、

(写真は後日、写しに行った)今また、こうして再会でき、幸せ色が私の中で広がっている。

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右巻、左巻、 巻きの強いもの弱いものなど変化がみられるのも面白い。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. book  .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

先月末の姪の結婚式で讃美歌を歌った。よく知っている讃美歌だと思ったが、歌詞が一部違っていた。

先週のマリンバコンサートで、この讃美歌と同じメロディーの曲の演奏があった。

又別の日、雷のひどかった日に、(広島交響楽団を指揮された 下野竜也さんのお話にあった)

 雷鳴(遠雷)の素晴らしさを  ロッシーニの≪ウィリアム・テル序曲≫ 、手持ちのCDで

聴きなおすべく 流していて、

その曲はいつの間にか終り、次々と曲が流れるままになっていた。

私の耳は、すでにCDから離れていたのだが、突然 引き戻されたsign01

それが何故だったのか、直ぐには理解できないほど一瞬のできごと。

一瞬後、解った。

讃美歌のメロディーだと!

♪ 主よ~ み手もて ひかせたまえ、ただわが主の 道をあゆまん・・・♪

             讃美歌285番

ウェーバーの≪魔弾の射手、序曲≫の始まりに使われていたのだ。

この時、つくづく思ったものだが、私という人間形成の根幹が学生時代にあったことを。

不平も不満も沢山抱えていたのだが、こうした今があることを思えば

感謝以外にないように感じる。

 

讃美歌続きでもう一つ・・・

 学生時代をずっと寮で暮らした。学期の終了式の日、寮では

一目散に一時も早く、我が家へ帰ろうと逸る気持ち(私)で皆で歌う賛美歌があった。

かみともにいまして ゆく道をまもり、

あめの御糧もて ちからをあたえませ

また会う日まで、また会う日まで、

かみのまもり 汝(な)が身を 離れざれ   

 讃美歌405番

この讃美歌とつい最近、偶然出会った。

それは今読んでいる本

〈突然の死〉と グリーフケア A・デーケン,柳田邦男 編

  この本の中でであった。  この本は阪神大震災の後に出版されたもので、色々な方が書かれているが、下の文はA・デーケン氏のもの

抜粋  遠藤さんが(遠藤周作)亡くなる少し前に、私とも共通の友人の一人が見舞いに行きました。その時、病室で遠藤さんははっきりこう言ったそうです。「この世で会うのは今日が最後でしょう。次は天国ですね」と。

それから彼は「一緒に 〈また会う日まで〉 を歌いましょう」と言って、

二人で賛美歌の 〈また会う日まで〉 を歌って、しっかり握手を交わして別れたそうです。

それから、ほどなく遠藤さんは亡くなられたのですが、この再会への希望を確認することが、キリスト教徒にとっての大きなエネルギー源なのだと、私はいつも感じています。

 

 この讃美歌を、この世での別れの時(生きている時)にこうして歌う。。。

クリスチャンだから出来た行為なのだろうが、

思い浮かべただけでも、その時の寂しさではない、喜びと言ってもいいような雰囲気が感じられる。

再会への希望!  どんなに力を与えてくれるものであろうかと、クリスチャンの方が羨ましく思えた一文だった。

  その思いは、次へもう少しだけ書きたいと思っている

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コメント

こてこての仏教徒が、結婚式には賛美歌を歌いたくなるのか、宗旨替えします
日本人て、いつも柔軟性があって良いな~と
讃美歌は分からないので、歌詞カードを見ながら謳ってるふりをします

ところで、ネジバナって本当にネジの様になっているのですね
初めて知りました

noteOB神戸家さんへ
コメントありがとうございます。
日本人の柔軟性のお陰で争い事が少ないのかもしれませんね。
悪く言えば、こだわりが無くて、どうでもよい!? 自由奔放?
これはちっと困りますねbearing
ヨーロッパなどで感じますが、結構いろんな規制があって、そのお陰で街並の統一感が保たれていますよね。 日本は少し自由すぎるとも感じますが如何でしょう?

讃美歌405番
これは、私が若い時 講義に行っていた
看護学校で戴帽式や儀式のとき謳っていたので、
覚えました。
愚息たちはクリスチャン校に中学・高校と通いましたので
毎朝、聖書を読んだそうです。もちろん讃美歌も。

noteおばさまへ
息子さん達はクリスチャン校へ通われたのですね。
私と同じですね。多感な年代の8年間でしたから、影響は大きいですね。
405番 懐かしい讃美歌です。 その頃の自分がそこに居るようです。

このかわいい花、ネジバナというんですね。
我が家にも見当はずれのところにところどころ咲いていて、
残しているのですがなかなか増えないものですね。
気づかずに通り過ぎてしまいそうなはなですが、こうして
アップされると存在感があり、いとおしくなります。

讃美歌。私も学生時代の思い出があります。
クリスマスキャロルで結核病棟を訪れた時に、ろうそくの火が
讃美歌に燃え移り、本の一角が数ページ焦げたまま。懐かしい思い出です。
校歌とは別に「college hymn」があり、その頃は音程が高すぎて
なんて歌いにくいんだろうと思っていましたが、今かみしめて歌ってみると
なんと含蓄のある詞かと感じ入りました。
年を重ねるということはこういうことなんですかね。

noteちゃぐままさんへ
ネジバナがお家にも咲きますか!  羨ましいです~~
可愛いでしょ? 今回、とても久しぶりに出会って、幸せを感じました。

年を重ねるって、悪いことばかりじゃないですよね!
素敵に年を重ねられたら・・・と願うのですか・・・?

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