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2012年6月

2012年6月28日 (木)

紫陽花が主役・六月の庭

紫陽花の便りが毎日のようにテレビから聞こえてきます。

なかなか足を運んで鑑賞することができません。

でも、マイガーデンの紫陽花たちも精一杯に花を咲かせ

日々、私を楽しませてくれてます。

美しく咲いても、誰からも ご褒美などがもらえるはずもなく・・・

そんなことは微塵も期待してない花達に

私から ささやかなお礼を・・・

ということで、デジブックにしましたのでご覧いただければ嬉しいです。

2012年6月23日 (土)

セミナー ・その3

生と死を考える会のセミナーより・柳田邦男氏の講演の続き

ある訪問看護師の死(名取市)

 遊佐さん(40歳、独身)の看護師さんがALSの難病患者さん(おばあちゃん)のお宅へ訪問看護に出向いて行きました。

途中で地震がきましたが、車なので揺れの大きさの異常を感じ取れないまま患者さんのお宅へ行ったのです。

間もなく大津波警報が出たことを知り、チューブにつながった患者さんを一人で避難させるわけにもゆかず・・・

お爺ちゃんにも手伝ってもらいながら、2階へ運びあげました。

1階にあったものを取りに 遊佐さんは下に下りたのです。

   その時 津波が ど~~ん! と来て

   そのお家は1階部分を持って行かれ

   2階は船のように浮かんで流されたのです。

   遊佐さんは数日後に遺体で発見されたそうです。

人間はギリギリになると

   他者の為、何か大きなものの為に・・・

 

   自分の命を投げ出してしまうのです。

ものすごく辛いことではあるが、人間の崇高な一面です。

田舎には昔から野仏が村のあちこちにあって、

村人が・・・交代で世話をしていたりします。

こういうのは宗派に関係なく、云わば土着の宗教心とでも云うのでしょう。

医者も、土着の宗教心のような気持ちを持たなければいけない・・・

    ・・・と、 岡部 健 医師は云っています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

震災は一人一人に色々な思いを残していきました。

グリーフワーク(悲嘆の癒しの作業)の困難さ

 ① 恐怖 ・・・  命の危機 ・ 死の目撃

 ② 不条理さ故の 受容困難

 ③ 罪責感 ・ 自責の念が強い

 ④ 家、街、仕事、大地の喪失

    「心の故郷の喪失」

 ⑤ 経済的困難

どうやって、町や村を再生させ

どうやって、自分を再生させるのか

人間の命・・・ 精神性のある命の営みの大切さ

★ 生き直す力として大切なもの

 ① 生れ、育ちと家族のきずな

 ② 表現する手段を持つ

 ③ 仕事、社会的活動

 ④ 他者によるサポート

 ⑤ 専門家のサポート

 ⑥ 住宅、町の再建

 ⑦ 未来へのほの明かり

 ⑧ 宗教心、信仰

 ○子供に対する絵本の読み聞かせ

     例えば「泣きすぎてはダメだよ」

★ 表現手段を持っていると、生き直すきっかけとなることがある

       実例を挙げて話されました

  聖路加国際病院・小児科医 細谷先生(俳人でもあり色々される)

    ≪看取ること 生業として 冬の虹 ≫

    エッセイ集 … 「生きようよ」

      死を前にしてさえ、優しさ、思いやりを忘れなかった子供たちをみて

      僕は きちんと生きなければならないと感じました。

★「星の王子さま」 ・・・ ご存じの方、多いと思います。

  ・・・ 子供の本だと考えがちだが・・・?

  こういう一節がある ( 王子様が自分の星へ帰る時が来て・・)

     あまり小さすぎて(僕の星は)見えないから、

     あれがそうか?  これがそうか? と

     探している内に 全ての星が いとしくなってしまうんだ。

 この部分が一番大切な文だったのだと気付いた。

 これはサンテクジュペリから妻への遺書だったと。。。

 私は(柳田氏)息子から誕生日にこの本をプレゼントされた。

それは息子が亡くなる(自死)3カ月まえのことだった。

息子が亡くなってから、街の中で、息子に似た青年をみかけると

   「君!  良い人生を生きて行けよ!」 ・・・と声をかけたくなるのです。

★ ベルギーの1冊の本を紹介されました

      「でも私 生きていくわ」 7歳の少女の本

  「悲しみは消えないけれど  今、私はしあわせ」と結んでいる。

          :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

箇条書きでは、意味が十分に伝わらないと思いますが、お許しください。

辛い体験、悲しみの遭遇などは決してぬぐい去れないものですね。

しかし絶望は、転機になる との意味を含んでいるとお聞きして

どうか、被災された方々、否、被災されなくても辛い境遇にある人達が

絶望を転機として、やがて

悲しみは消えないけど 今、幸せ! と言える日が来ることを

切に願い、祈っています。

 

2012年6月20日 (水)

セミナー その2

  (前回の続きです)

今 いのちを考える  3.11大震災の後で

  

第2部はノンフィクション作家・評論家の柳田邦男氏の講演

先ず、あの大震災の様子を改めて見ることから入りました。

大津波直後の様子をスライドで紹介

  ①名取市、岩沼市を襲う大津波 1時間10分後

          松林をなぎ倒して波が入って来る

  ②南三陸町    約50分後

  ③陸前高田

  ④田老町  頑丈な防波堤が壊されている

        これはジェット機が600km位でやって来るに等しい力

            (通常ジェット機は800kmほど)

次に 数字をあげて説明

関連死された人の数 ・・・ 1年間で2,000人ほど

  (このような大災害の時、直接の死亡者数だけを見ていたのでは駄目)

放射能汚染のこと

 桃の栽培農家が多い地区では、何年か先に残留放射能が少なくなった時に美味しい桃を出荷出来るようにと、現在は出荷できない桃を敢えて栽培している

 数年先には老木となってしまう木は、伐採がすすんでいる

 

 南相馬市では世帯数が増えてきている(核家族化が進んだ)

 出生率が下がってきている

 以上のような事は 安全神話の崩壊 を意味しています

巨大災害と人間ということを考えると、

被災した人達には重いトラウマが残る

 周りの人達の気遣いのある声かけが大切。

  ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

意味のある偶然 (河合隼雄氏のことば)

 第1部での話し・・・

  ●  村上さんが死のうと思った時に、何年も前に見たテレビを思い出し、

    長野県にある無言館へ行かなくては! と思ったことのように、

    説明がつかないが、必要なことに偶然 出会うことがある。

 ●ご自分のことにふれて

    19年前、亡くなった息子の遺体を家に連れて帰った時、

    長男がテレビのスイッチを入れた。 するとタルコフスキーの遺作となった

    映画 「サクリファイス」(犠牲)がちょうど終わりかけていて

     ・・・ マタイ受難曲の有名なアリアが流れてきた・・・

 バッハの「マタイ受難曲」第47曲のアリア「憐れみ給え、我が神よ」

・・・これは亡くなった息子が私の買ったレコードLP版を自分の物にして好んでくり返し聴いていた曲だった。

 こういう偶然を意味のある偶然 と河合氏は名付けている

   意味のある偶然は、電撃ショックみたいなものを与えてくれ、

   沈んで行く気持ちに力を与えてくれる。

● 絶望 という言葉がある。

    絶の字は断ち切ると云う意味をもち、望みを断ち切るとなる。

    一方、字源を引くと解るが、

    この上ない、という意味もある。

  絶望は未来に望みを断ち切ってしまうが、

  全く違った、転機(気付き)を与えてくれるものでもある。

● 幾つかの俳句を紹介された

 春光の泥 ことごとく 死者の声       高野ムツオ

     車にも 仰臥という死 春の月       高野ムツオ

     泣きながら 吸う 避難所の シジミ汁   柏原眠雨

私はネット社会は、深い感情の育みができないから、決して肯定していない。

・・・ が、

和合良一という福島の詩人がツイッターで詩を発信しはじめたら

       どんどん感想が寄せられ、2カ月目には

       「 詩の黙礼 」という本を出すまでになった。

ネット社会にも良い点はあるな~ と感じる出来ごとだ。

・・・・・・・・・ 講演の1/3 か 1/4 くらいしか書けていませんが

          一度にはまとめられないので 次回にまわします ・・・・・

 

2012年6月19日 (火)

生と死を考えるセミナーに行きました

「生と死を考える会」というのが岡山にもあります。

私は会員ではありませんが、このテーマはず~っと気になっていることです。

病院の緩和ケア病棟でボランティアをさせていただいているとなおさら、気にかかる問題です。

【岡山、生と死を考える会】が、毎年一般の人を対象としたセミナーを開催しており

今年22回目。  つい先日、行ってきました。

柳田邦男さんとソプラノ歌手の村上彩子さんをお招きして開催されました。

第一部に村上さん、当然歌を歌われました。

  ・・・・が、曲と曲の間にご自分の生い立ちをお話しになりました。

厳しい家庭に育ち、その家庭から外へ出たい一心で音楽学校へ。

卒業後は就職。  

漠然とではあったが30歳までには結婚もすると思っていたそうです。

あと数年で30になろうという年齢になった時にハタと気が付いた。

自分は今まで、本当になりたかったもの、本当にしたかったことがないまま過ごしてきたと。

本当にしたかったことをしないまま、もし結婚して子供ができたら、

その子供に自分の夢を背負わせてしまうのではないだろうか?

自分の夢が何なのか? 

それを求めて、色々な習い事もしてみたけれど、どうもピンとこない。

アルバイト先で芸大生の歌を聴いたとき、あまりの素晴らしさに、自分もその学校に入学して学びたい! っと強く思ったんだそうです。

仕事は辞めて、アルバイトをしながら受験勉強に励んだものの

1年目、2年目・・・当然のごとく失敗

3年目、4年目・・・やはり失敗

あと1回だけ挑戦したい!  ・・・ これが5年目・・・しかし駄目

もう死のうとまで思ったそうです。

貯金は底をつき、電気が止まる。水道が止まる。。。

そんな時に、ふっと頭をよぎったものがありました。

数年前にテレビで見た、長野の上田市にある無言館へ行かなくちゃ!

    ・・・  行ったんですね  ・・・

1歩、中へ入る。。。

  彼らの残したものと対峙した彼女は

じっと立っていることも出来ないほど号泣したそうです。

「あと5分、あと10分の時間をください!」

「そうすればこの絵を仕上げて家族に、恋人に残せるんです!」

  ・・・そういう叫びが聞こえたのでしょうね~~

自分はなんと云う愚か者!

たった数度受験に失敗したからって、

     そんなことで生きていられる命を捨てようとするなんて!

命の尊さに気付いたんですね。

考えを変え、 「 演じることにした 」 と云いました。

何を?   笑顔でいることを!

実際に笑顔でいると、皆が優しく接してくれて、それまで「芸大を受験する」と話せなかったのに、それも話せ、周りの方の応援も戴け・・・

・・・7度目の受験で合格できたんです!

すごい頑張りに驚くばかりです。

実は村上さんとは数年前に知り合って、そう云うことは知っていました。

でも彼女の人生、他にも 家族のことなど、大変なことが色々あったんです。

一つ一つが今の彼女を造り上げるのに必要な試練だったと、

前向きに捉えているのが素晴らしいと感じました。

2012年6月18日 (月)

チェコの旅日記が終了して

1カ月もかかって、やっと旅日記が終了・・・やれやれcoldsweats01

ということで、しなくてはいけない仕事があるのですが

旅行の後、カメラが新しくなり(コンデジ)使い方がまだよく分からないので

練習が必要。 で、早速お試しで~すcamera

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昨年挿し木をしたアジサイが、3本だけ根づき

早くも花を付けました。

親株に比べると、同じものかと疑うほど可愛い(小さい)ですが

これはこれで愛おしい感じです。

紫っぽい萼アジサイ、クリックして下さると真花が開いているのが見えます。

040_640x480← これは友人から貰った今年の新入りさんの

山アジサイです。

今年はこれも挿し木をしてみようと思って

今日、枝を切りとったところです。

上手くゆけば、友達に分けられるんですが・・・

どうでしょうね~~

2012年6月17日 (日)

チェコの旅 最終です

旅の記事がなかなか書けなくて、いささか気が抜けた感じになってしまいました。

帰国後、早や1カ月が経ち、やっと最終のプラハ観光がUPできます(恥)

デジブックで、ゆっくり、大きい画面で、、、、との思いはあるものの

他人の写真をそれも沢山見せつけられるのは、如何なものかと・・・

ブック形式にまとめましたのでご覧いただければ嬉しく思います。

今回の旅行では、歴史、文化 etc. の背景や個人の感想などはあまり書けませんでした。

これは私の予習がほとんど出来ていなかったことに尽きると思われ、反省しきりです。

でもまあ、あまりお勉強というより、気分転換位に気楽に考えるのも好いかも知れない!

などと、自分に言い訳を云っている次第ですcoldsweats01

 

    今回のスケッチ カレル橋からの風景

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前回行った時のスケッチ

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馬車が居る広場          ミュシャの絵ってこんな感じです

  デジブックをご覧ください

   字が小さくて読みずらいですが・・・大きくならなくてsweat02

  長くお付き合い下さいましてありがとうございました。

これからは又 平凡な記事を書いていくことになります。

2012年6月12日 (火)

プラハにて ・いよいよ目的のコンサートへ行く日です

前回の続きでやはり5月13日のことになります。

午前中に、銀で栄えたクトナー・ホラを見学した日のことです。

クトナー・ホラはプラハに次ぐ町だったということでしたが、

今は残された教会や、造幣局などの建物が静かに過去の栄華を留めているばかりに思えました。

プラハに戻ると、ガラッと場面が変わったような人の多さにプラハの人気と首都であることの都会を感じます!

昼食はカレル橋のすぐ傍にある三羽のダチョウです。

 Img001_640x457 Img_3413_640x480  Img_3425_640x480   

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食後は自由行動。

添乗員さんの案内でヴルタヴァ川のクルージングを楽しみました!

       ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  ship

次第に迫って来る時間に比例して、胸の鼓動の高まりを感じますheart04

プラハの春音楽祭・オープニングコンサート

このコンサートを聴くことがこの旅の最大目的です!

    5月12日は チェコの生んだ音楽家スメタナの命日 

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毎年この日にプラハの春音楽祭は彼の代表作「わが祖国」の演奏で幕を開けるのです! 

             ですから私達が行く13日はオープニング2日目ということになります 

     会場は市民会館の中、スメタナホール。上の写真右が市民会館

                            左の黒っぽいのは火薬塔

            1500人ほど入るだろうか? 

      という余り大きくないホールですが、とても素敵な会場ですよ!

このコンサートは3週間にわたって開かれます。

日本の多くの旅行社がツアーを組んでいますから、もしかしたらホールのほとんどを日本人が占めているのじゃないかとさえ思ってしまいましたが・・・?

きっと初日はチェコのバーツラフ・クラウス大統領はじめお歴々の方々がいらっしゃったのではないでしょうか?

2日目の演奏曲もスメタナの「わが祖国」 ・・・1曲のみ、アンコールなし

チェコフィルが久々の(10年ぶり)演奏

指揮はロシアの若手、ヴァシリー ペルレンコさん(可愛い感じ)

  チョッとだけドレスアップ、着物の方もおられました。

  そんなにお洒落しなくても大丈夫でしたよ!

会場は割にフラットに出来ていたので・・・後部席の私達には演奏者の姿があまり見られなかったのがとても残念でした。

        しかし!!

演奏そのものは、とっても  とっても  素晴らしかったheart02 

           夢の世界でした!

旅行前にCDを繰り返し聴いて行ったのですが、何所がどう違ったか?

素人の私には上手く説明できないものの。。。

楽器一つ一つの音が生きている! とでも云えば良いのでしょうか?

心から、行って良かった~~!  と思えるものでした。

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スメタナホールの内部

開演前と休憩時間に写したもの

クリックしてご覧ください

休憩時間には有料でワインなどが飲めます

白っぽくて張り出しているのは貴賓席ですね。

           ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

この旅行に参加しようと決めたのは、このコンサートが付いていたからでした。

前にも書いたことがあるかもしれませんが、夫はクラシックには全く興味のない、畑違いの流行歌や演歌を口ずさむ人だったのです。

私はそちらの方は全く駄目。 かと言ってそれほどクラシックに詳しいわけでもなかったけれど、好きでした。

そんな二人が初めて行ったコンサートが岡山市民会館であった、スメタナ四重奏団のコンサートです。

   「俺、寝るかも知れんぞ!」と夫。

   「いびきを掻かなければいいよ!」と私。

・・・結果、いびきを掻くどころか、意外にも良い印象だったんですね。

子育てから手が離れるようになって、二人で時々コンサートに行くようになり、

家でもクラシックが朝から流れることがでてきました。

そう云う中で夫の一番のお気に入りとなったのが、スメタナの、

わが祖国の中の モルダウ なのです。 勿論、私も大好きな曲です。

歳を重ね・・最期の時のことも話題に出るようになりました。

いつしか、エンディング曲を何にしようか? なんて話になりました。

   夫はすかさず「モルダウ」と。

それほどに想う曲なら・・・本場でスメタナホールで聴くっての、良いんじゃないの!?

          ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

と、以上のような経緯があって、今回の旅となったのです。

もう少し(かどうか分からないけど)時間が過ぎて、旅に出られなくなっても

今回の旅行のことは、二人の大事な思い出として話が出来るものと信じています。

海外旅行はまだまだ回数も少ないので、行ってない国が沢山ありますけれど、

チェコの旅はとても好印象でした。

3回でもそれ以上も行きたいところですが、そうもいかないのが現実でしょうね。

  明後日(5月15日)帰国の途につきます。

  後1日です

 

 

 

 

2012年6月 8日 (金)

チェコ・銀で栄えた クトナー・ホラ

5月13日 先日までの気温が嘘のような寒い朝です。

しっかりコートで身を纏ったガイドさんが「今朝は3℃でしたよ~」と教えてくれました。

へぇ~~!  そんなに寒いの!

添乗員さん、少しそういう情報も伝えてくれたらよかったのに。。。

重ね着はしていたものの、そんなに寒いとは思っても無いことで驚きました。

プラハの町は今日はマラソンがあるそうで交通規制が始まろうとしています。

そんな市内から逃げ出して、今日の午前中は

銀で栄えたクトナー・ホラへ1時間程バスで走ります。

日本人の若い男性ガイドさんで、要点をおさえて分かりやすい説明でほっとします。

現地の方の日本語ガイドは、いくら上手でも耳に集中しないとよく聞き取れませんものね。

チェコは工業国だそうです。 

車関係の仕事が多くて、緑のハリネズミマークの国産車もあるって。

       ワーゲンが親会社だとは云ってましたけど。

プラハは車がなくても地下鉄や路面電車、バスなど便利だそうです。

       路面電車は24時間休みなく動いているって、便利ですね!

それから、チェコはビール天国で、ビールを世界一沢山飲む国なんだって。

それでかしら?  大きなお腹の人が目に付いたのは。。。

だってビールの値段がとってもお安いですものね!

チェコの国技はアイスホッケー。他に人気のスポーツはサッカー

          野球をしない国ですってね!

        :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

クトナー・ホラは日本の石見銀山みたいな町

石見銀山は昔、銀の採掘で栄えて、それで今は世界遺産になっているでしょ。

クトナー・ホラも其処の所が同じなのね!

銀の産出量が

15~16世紀の頃、ヨーロッパでのシェア40%を占めていて

その頃は人もどんどん集まってきてプラハに次ぐ大都市となり、

町の中心となる教会もプラハに次いで2番目に大きな、

       聖バルバラ教会を造ったんですね。

 今回もデジブックにしました。

お時間の余裕のある時に見ていただければ嬉しいです。

少し長く7分位かかります

見ていただいて有難うございました

2012年6月 6日 (水)

チェコ・プラハに到着

前回のフルボカー城からバスで約1時間、プラハ到着。

プラハは云うまでも無く首都であり、大都市。

プラハに入って来たのかな~~  と思ったのは、

それまでの長閑な田園風景がなくなって近代的なビルが立ち並ぶ風景に変わったから。

大都会の街並みを通り越し、バスが到着する辺りには都会の雰囲気を構成している建物は影を潜め、目に入るのは歴史ある威風堂々とした建物と、ヴルタヴァ川です。

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Img_3602_480x640Img_3306_640x480    shine  shine

 ← 3泊する、インターコンチネンタルホテル

 

都会のホテルらしく快適

フロントのお花もモダンですね

          shine

Img_3318_640x480 順番が違うけど翌朝食のレストラン風景も入れておきますね。

  チョイスしてきた私の食事

白い器と料理の彩りが、何所となく都会的な雰囲気                  ね!

Img_3321_640x480_4  Img_3320_640x480 Img_3468_640x480

 

上右のパン。キャラウェイシードみたいなものとザラメが乗っているかと思ったのだけど、この手のパンは何故かゴリゴリした塩がのっている。

他のレストランで出て来たグリーンサラダにも、ゴリゴリ塩が振ってあって気がつかないで口にしたある男性は、石を噛んだ!と思ったみたいでした。

パンの横にあるのはロール寿司ですが「美味しくない」と夫の感想。

 。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

部屋で身なりと荷物を整え、さ~て! 自由時間の街歩きに出掛けます。

といってもすでに4時を回っています。

今夜、私達はマリオネットを観に6時頃には出掛けなければいけないし・・・

      (オペラ鑑賞に行く人達もある)

夕食が付いていないので、何所かで食べないといけないし・・・

カレル橋などは明日、皆で行くので、その近くの広場まで、取りあえず歩いてみた。

数年前にも来た場所だから、この辺りには見覚えのある建物が幾つもあるわ!

あの時のプラハは雨で、カレル橋は工事中が多かったし残念な思いが残っていたけど

再びこの地に立つことが出来て嬉しい!

・・・でも・・コンビニとかあるって云われたんだけど・・見付けられない!

やっと見つかったのはサンドイッチや菓子パンとかを売っていたり、其処で食べることもできるようなお店。

ここでパニーニを2個と、菓子パン2個をテイクアウトにしてホテルへ帰ることにした。

         wobbly

あれれ~っ!   道を間違えたみたいで、この方向! って思ったのに

ホテルに出ない!!  せっかくのパニーニが冷たくなりそうだし・・・

  お~っ!  向こうからお上品そうなご婦人が歩いていらっしゃるじゃないですか

こういう時は 夫が頼りの私coldsweats01

分かりやすいホテルで良かった!  

ご婦人は 「ベリー イージー」 って、丁寧に教えて下さった。

しっかりお礼を云って・・・ 右へ曲り、次を左に・・・

・・・ ベリーイージーのはずだったのに??  出ないなあ~?

もう一度、男性に訊いてみる

  「。。。。 パハップス」  って教えられ。。。

何とかホテルへ戻れました~~

夫との旅では、必ずこういうトラブルがあるので、嫌~~になるんですが、

時が経てば、このトラブルだけはしっかり記憶に残っていて、

こんなことがあったよね~!  って笑い話になるんです。

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街中には観光客を乗せているんでしょうね、

馬車が通っていて、広場の片隅では

お客を待っています。

夜、ホテルから近い「国立マリオネットシアター」でマリオネット(人形劇)を観ました。

マリオネットって、こんなにして操っているのね! って、そんな事が楽しかったです。

人形に意志があるように感じられ、人形と使い手、別の人格があるみたいなのが

面白かったです。

  プラハの1日は(実際には半日)このように過ぎていきました。

明日はプラハから半日観光でクトナホラの街へ出かけます。

         銀で栄えたという町です。

 

 


 

2012年6月 3日 (日)

チェコ・フルボカー城

5月12日

 昨日までずっと天候に恵まれ、気温はぐんぐん上がり(28度)、暑くて暑くて・・・

涼しい洋服を1枚も用意しなかったことを悔やんだのでしたが、

この日、出発直前より雨となり、すると気温は一気に下がってきました。

チェスキークルムロフに別れを告げ、フルボカー城めざして出発です。

Img_3280_600x800パンフレットによれば、チェコでもっともロマンティックな城館。

   それは

英国文化の熱心な愛好家であったシュバルツェンベルク公が、

19世紀半ばに城館をウィンザー・ゴシック様式に建て替えたから

とあります。 

内部の写真は撮れなかったものの、贅を尽くした豪華な内装。

            武器の保管庫には沢山の武器が保存されています。

             鉄仮面っていうのでしょうか?  何か違うかな?

             いわゆる、金属でできた鎧兜は何ていうのでしたか?

重そうな鉄の鎧(足先まであって)をガチャガチャいわせながら、薙刀のような太くて長い刀を振り回して・・・そんな事が出来たのかしら?  って、疑問を感じました。

小さい大砲もありましたよ。  男性なら興味を惹かれるかもしれませんね。

             restaurant

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お城の近く、コテージで昼食となりました。

やはり貸し切り状態でしたよ。

              beer

昼食の後、いよいよ最終目的地、プラハに向かいます。

   デジブックにしました。チラッとご覧ください

 

ご覧頂いて有難うございました

2012年6月 1日 (金)

チェコ・チェスキークルムロフ

何年か前、中欧三国を巡る旅に参加した折に

チェコではプラハとチェスキークルムロフを訪れました。

その時は数時間の観光のみ。

しかし、湾曲したヴルタヴァ川に抱かれ、見下ろせば赤茶色の屋根瓦で統一された小さい家並み・・・

その中にお城の塔や教会の塔が突き出ている。

強烈な印象が記憶に残っていた所です。

今回はここで2泊なのでとても楽しみにしていました。

バスは旧市街には入れません。下の駐車場でバスを降りホテルまで少し歩きます。

小さいホテルですが、この街では良いホテルだと云っていました。

中央広場まで歩いて10分くらいでしょうか?

2泊している間、この広場を何度通ったことでしょう?

食事にも行った。数人で散策の折にも通った。

一人で散策の折にも往き帰りに歩いた。。。。shoe shoe

お店周りをしようと思えばこの広場を通らざるを得ない感じなのですものね。

石畳がゴツゴツと靴底をとおして足に響きます。

私の履きふるした(歩きやすい)革靴が、壊れてしまうかと心配になりました。

チェスキークルムロフ城は、プラハ城に次ぐ規模の大きいお城だそうです。

今回はお城に入ることはしませんでしたが、建物に沿って歩きながら

城の建つ小高い丘からの眺めを堪能しました。

土産物屋などの店が並んでいる通りを一人で歩いていて

何気なく・・・自分でもどうして振り返ったのか分からない・・・

後ろを振り返ってみた途端、2~3メートル後ろでブルーの服を着た

男性がくるっ! と向きを変えて反対に歩き始めたの。

一瞬 ドキッ!!  としました。

これって偶然だったと思いたいんだけど。。。

だって、結構な人ごみだし、私そんなにフラフラと歩いてたわけじゃないし。。。

でも気持ち悪くなって、ますます急ぎ足になりました。

同じ場所を何度も歩いたけど、何も買いたいものは見つからなかった!

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朝、5時半位には明るくなるので、早起きして外へ二人で出てみました。

寒かったです。 ユニクロのフリースを着ました。

早朝のお散歩をしているのは日本人がほとんどで、日本語が飛び交う中

お城を見上げる場所(橋の上)でスケッチを1枚coldsweats01

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川の色は茶色っぽくて汚い感じなのだけど、水色に塗って川らしくしておいたのhappy01

川と云えば、ドナウ川も、ヴルタヴァ川も水色(すいしょく)は汚れ色だった。

日本へ来る観光客は川底が見える日本の川に感動するらしいですね!

話しは変わりますが、個人情報保護法ができてからツァー旅行でご一緒した方達の

お名前を知らないまま、旅行を終えることになってしましましたよね。

ホテルで鍵を渡す時に名前を呼ぶので、その時に覚えた人もいるけど、

そう云うのって、お名前で呼びかけることって少ないでしょ?

今回はバスの席を1日ずつ、前の席、中ほどの席、後席と変わることにして

ABCのグループに分け、Aグル―プ誰だれ

Bグループ誰だれ・・・ と名前を書いたものを渡されたんです。

僅か13人ってことも手伝って全員のお名前を覚えられました。

だから旅の途中でも ○○さん!  って話しかけることが出来て親しみが湧きました。

そう云う状況だったからでしょうか

チェスキークルムロフで最初の夜、夕食をホテルのレストランで終え、

まだまだ明るいですね~ (9時ごろまで明るい)

酔いを覚ますというか、荷造りも無いゆっくりした夜だったからか

ホテルの中庭(テラス)に自然に全員が集って親しくお話をしたんですよ。

植物に詳しい男性がいらっしゃって、私も興味がある方なので

そんな話もしたり、趣味の話とか・・・ こういうのが旅は道連れじゃないですけど

旅の一つの喜びともいえますよね。 好い時間でした。

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チェスキークルムロフ2日目の夕食はお城の中のレストランでした。

旅も後半に入りました。

又デジブックにしましたので時間のある方は見て下さい

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