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2012年4月18日 (水)

桜の季節に思いだされる歌

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日本人はどうして、こんなにも桜が好きなのでしょう?

韓国の人も桜のお花見をすると、ラジオで伝えていましたが

他所の国では、桜でなくても、日本人がこぞってお花見をするように

何かの花を愛でる習慣ってあるのでしょうか?

          cherryblossom

↑の写真は’10年の写真です(今年は桜の良い写真が撮れていないので)

この時期になると心にふわっと思い起こす歌があります。

西行さんの詠んだ歌

   ねがわくは花の下にて春死なん

        そのきさらぎのもち月の頃

 

叶うものなら、私もこういう死に方をしたいと、ある種あこがれを感じる歌でした。

この歌について山折哲雄さん(数ヶ月前に読んだ本から引用します)は次の様に書いています。

かの有名な歌でありますが、旧暦二月の桜の季節、満月の夜に死にたいと詠んで、その言葉どおりに二月十六日に亡くなっています。

これはけっして偶然ではなく西行は人知れず断食行を実践したのであろうと私は考えています。

西行は諸国を遍歴して歩いており、足腰を鍛えていた人です。日常的な断食修行も当然していた。二日断食をすると自分の体がどうなる、三日やるとどうなる、五日やるとどうなるか、わかっていたと思うのです。そこから、いつから正規の断食を始めればいつごろ死期が訪れるかというようなことを、かなり的確に計算できていたにちがいない。

もともと真言密教の僧侶です。空海が晩年、食を断って入定したこともよく承知していたはずで、そのひそみに倣ったともいえます。

旧暦二月十五日は釈迦が入滅した日です。西行はその涅槃の日を目標としていた。けれども、お釈迦さまと同じ日というのはいかがなものかと考えて、一日ずらしたのではないでしょうか。

そこまで計算しつくされた往生だったのではないかと私は推測しています。

          中略

自分で死を選ぶというのは自殺行為ではないのかと判断するのは、きわめて現代的な考え方です。死にたがっているわけではない。

いよいよのときというのを、自分で決定したいという、死に対する覚悟の姿勢だったとみるべきではないでしょうか。

周りの人にそれが伝わってしまうようだと、看取っている側がつらい。周囲の人にはそれと感じさせないように、自然なかたちで死にゆくようにするところが肝心なのではないか。それが私の理想とする臨終の作法です。

         book

「始末」ということというこの本は昨年の3.11の後に書かれたものです。

西行さんの歌にいたる前に、次の様な文もあります。

いよいよ死期が近づいてきたなということを自分で意識することができる状態になったとしたら、そのときはできれば食事を少しずつ減らして、最後は断食のようなかたちでそのときを迎えたいと考えるようになったのです。

           中略

本来、人間は病気になると食欲が落ち、食べられなくなるものです。ですから昔は病気をして体が弱っていくことで、自然に食を細くし、最後は断食的状況のなかで死を迎えました。老衰というのもそうだったのではないでしょうか。

ところが、いまは病院で管を通して栄養補給をされる。自力でものが食べられなくなっても、やれ点滴だ、胃ろうだ、腸ろうだとさまざまな方法で生かされる措置が取られます。

不必要に栄養剤などを投与せずに、あるがままにしておけば、からだは枯れ木のようになり、陶然たる眠りのなかでいのちの終りを迎えるはずなのです。

私が理想とするのは、やはり西行の死です。 ここで最初に繋がります。

  以上、山折哲雄さんの本より

           cherryblossom   cherryblossom   cherryblossom

満開の桜も見事なら、はらはらと散る桜、桜吹雪の見事な様も大好きな民族だと思います。

そこに命の儚さ、潔さを感じるのでしょうね。

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