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2012年3月30日 (金)

知人が旅立たれました

Img_2437_480x640「どうされているかしら? ○○さん。」

夫とそんな会話を交わした数日後、

留守電で、彼女が亡くなられたことを知ったのです。

Fさんとお呼びしましょうか?

Fさんは夫の小学校からの同級生。

でも、覚えているのは小学校の頃のことで、その後は

高校卒業まで一緒だったにも係わらず、殆んどなにも知らないままだったと夫は云います。

3年前のことでしたね。

ある病院へ夫に付き添って行っていた時でした。

「○○さん、どうぞ~」って、呼んだお名前に夫が反応を示したのです。

有名な作家さんと同じお名前だったからかもしれないですね。

でも~  病院で・・・そんな時にお声かけしても、、、と躊躇しました。

それから、薬をもらったり、支払いをするために待っている時に

今度は直ぐ近くの椅子に座っていらっしゃるのをみて。。。

声を掛けたのでしたね。

私は勿論、初めての出会いでした。

お家が同じ方向でしたから、車でご一緒しました。

10年前の乳がんがあちこちに転移、再発したのだそうです。

「一度は抜け落ちてしまった髪がやっと生えそろったのよ」とさらりと話されましたよね。

我が家へも数回、お越しくださいましたね。

でもいつも、お水かお茶しか口にされなくて・・・

ちょうどミモザがきれいな時でした。

「一枝、お切りしましょうか?」 って、たずねると

「いいえ、ここで見せていただくだけで。。。」 って。

それから、私がボランティアに行っている病院の緩和ケア病棟のことなどお知らせしたり、

「辛い抗がん剤治療はもう止めにする」って、

そんなお話も何度もききました。

でもね、病院のドクターはやはり抗がん剤を勧めたのですね~

断り切れなかったのでしょうか?

自分の望む様には行かないものなのだ、、、と云うことを

私達も彼女を通して、思ったものでした。

独身を通された彼女でしたが、近くに妹さんがいらしてね、

それが救いだったと思います。 でもやはり一人というのは

何かとご不自由でしたでしょうね~

最後の退院をされた時には、買い物をして届けさせてもらいましたね。

西大寺の会陽の日、私が作った 散らしずし 

「頑張って食べてみる」って云われたので届けました。

亡くなられたことを知って、駆け付けたお家には

大好きな本が棚一杯に残されていました。 

どの本も、大切にナイロン袋にいれて整理してありました。

あとは、さっぱりと片付いていたのが印象的でした。

我が家にはFさんが描かれた絵が2枚飾ってありますよ。

Fさんのことは、生涯忘れることはありませんからね!

だって、私のことを とても褒めてくださったんですもの。嬉しかったですよ!

Fさん、短いお付き合いだったけど有難うございました。

庭に咲いていた 花にら 、Fさんの印象とダブります。

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コメント

こんばんは!
昨年の母の最期を思い出しました。
「本来の癌で逝かせてあげたい」と感染症の治療を止めなかった若いとのやり取りも・・・
今、「大往生したけりゃ 医療とかかわるな」という中村医師の本が売れていますね~
医療の現場は壮絶だ…だけど自然死は穏やかだ
ご自身も顎の下に、大きな腫瘍ができていらっしゃる。
母の最後の3日間、緩和ケアで過ごした時間はかけがえのないものでした。
Fさんのご冥福をお祈りします。

親しい人を見送る事は・・・本当につらい事ですね。10年後の再発の3年後ですか・・・
ロココのウォーキングパートナー(tomokoさんもご存じの)の彼女も、10年後の再発なんで・・・
少しつらい思いでこの記事を読ませてもらいました。
幸いな事に彼女は今のところ元気ですが、少しずつ体力が落ちていっているようで・・・今後どう接していけばいいのか・・・

↓ ミモザの花、開花しましたね。雪国では無理かもしれないけれど、こんなシンボルツリーがあったらとてもステキですね。

お知り合いの方のお別れは辛いですね。
義母が入院中、付き添ったことを思い出しました。
抗がん剤の治療は本当に辛いものですよね。
tomokoさん達との触れ合いはFさんにはいい時を過ごされてのではないでしょうか。
本をきちんと整理されていたり、おかたずけされていたり、Fさんの最後の迎え方にはジーンとくるものがあります。
Fさんのご冥福をお祈りいたします。

おはようございます。
お知り合いの方とのわかれ辛いですね。
医学が進歩し、今は早く見つかれば完治することが多くなっていますが、まだなくなる方も多いのですよね。
私も姑が15年前に、主人の兄が10年前に直腸癌と膵臓癌で亡くなっています。義兄の時は半年足らずでなくなってしまいましたが、姑は90歳を過ぎていたため1年近くの闘病で最後は自宅で亡くなりました。、週に一回顔を出す程度でろくに看護らしい看護もできませんでしたが痛みに耐えている姿は見ていられませんでした。


fさんの最期を迎える覚悟、りっぱでしたね。
私にはできないだろうなと思いました。ご冥福を祈ります。

sandclockとんちゃんさんへ
お母様のことを思い出させてしまいましたね。
最期はこうしたい…なかなか望む様にはならないものですね~~ その事がとても悔しい!!
もっと早くに出会いたかったとおっしゃいました。本当にそう思いました。思い通りにならないのが人生なのでしょうね。
中村医師、先日TVで見ました。最後にはあそこがいいなあ~って話したのですがcoldsweats01

sandclockロココさんへ
短いお付き合いでしたが、本音で接して下さいました。
はっきり、さっぱりした方でした。
ロココさんのお友達、彼女ですよね。 細くても長く、
辛い思いをしないで生きていってほしいと願います。
これまで通りに、普通にお付き合いができれば一番かと思います。助けが欲しい時に助けてと云える間柄だと嬉しいですね。

sandclockmokaさんへ
彼女と知り合った時にはすでに、随分片付けをされていたようでした。絵が残っているとおっしゃったので、その絵を戴いたの。
片付けておきたい! という思いはあっても現実、なかなか出来ませんね。 彼女の潔さと、その強い精神を見習いたいと思いました。

sandclockさっこさんへ
膵臓癌の場合見付けにくいこともあって、ほとんどの場合手遅れだそうです。義弟もそうでした。

癌の痛みさえとって貰えればそれで…と思うのですが、これは素人の考えなのでしょうか?
なかなか、その願いを聞き入れて貰えなかったようで残念で、お気の毒に思いました。

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