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2011年5月21日 (土)

高山へ ・ その2

私のクラス会。。。例年は東京でありますが、

地方の人は東京まで出て行くことがほとんどありません。私もそうです。

それで、東京以外にも、関西でこじんまりとした集まりをしているのですが、

今年は卒業後○○年という節目の年ということもあって。。。

高山~白川郷をめぐる1泊2日のクラス会となりました。

しかし、参加が・・・8人しかなくて

幹事さんは力が抜けたんじゃないかと思いました。。。

       *

一足早く、高山入りした私は、一人で気持ちの赴くままに街の散策を楽しみました。

早めのお昼を済ませ、しばらくした時に世話役のWさんからメール

「高山に着きました。飛騨牛を食べに向かっています」

・・・あれれ~  もう着いたの!  

飛騨牛、お昼からたべるんだ~~ 

そうと判っていたら、私もお蕎麦じゃなくて、そっちにすれば良かった~coldsweats02

などと思いながら・・・でも、そのお店まで行って

合流!  いやいや、とっても久しぶり。。。久しぶりという云い方もそぐわないくらい

10年以上もお会いしていない人もいましたが。。。

同級生って不思議ですね~

一言、挨拶をかわすと。。。それだけですっかり学生時代にタイムスリップです。

飛騨牛を朴葉味噌焼きにする、香ばしい匂いを嗅ぎながら。。。

その横で私は、コーラを飲み。。。coldsweats01

皆さんの食事が終わるのを待って、観光のはじまりです。

古い街並みを通り抜け、高山祭屋台会館へ。

Img_9765 Img_9768

高山祭は雪国の暮らしから解放される4月と、取り入れを終えた10月と、

年に2度行われるそうです。

その時に各町内の屋台蔵から曳き出された屋台が練り歩くんだとか。

とても立派で、綺麗なことに驚きます。

  オラ・ケタルさんがコメントを付けて下さいました。

  この立派な屋台が作られた背景を書いて下さっていますので。コメントをクリックして読んでいただければと思います。

飛騨の匠・・・聞きなれた響きです。

この匠の技の永い伝統が脈々と受け継がれ、江戸時代後期に、

大輪の牡丹のように花開いたのがこの屋台だということです。

飛騨の匠・・・飛騨の国は古くから、大和朝廷へ、税の代わりに匠を毎年送り出しました。

選ばれて都へ出た匠たち(毎年100~150人)は、奈良の都の宮殿や、お寺の建築に従事してその腕をふるいました。

匠が都へ送られた期間はおよそ600年、延べにして7、8万人の匠が一年間都で働いたことになります。

                                          ・・・パンフより

Img_9751_6

通りの所どころに左の写真のような

立て札が立っています。

最初は何気なく見るだけでしたが、

幾つか見ていると、これは、この地区が保存している屋台の名前なんですね!

そして、屋台をしまってある蔵が、そこにあるんです。

屋台の高さが高いから、蔵の扉も半端じゃなく高いこと!

Img_9754_2

←骨董屋さんの店先

大きい甕が目をひきます。

同時に爽やかなグリーンがほっとするようで、近づいてみました。

うわ~ぉ!  こんな山野草が普通に店先にあるなんて・・・驚き!

とっても贅沢な感じを受けます。。。  

Img_9755 Img_9756

Img_9758_2 Img_9759

右の写真は、子供の頃みた 大工さんがの持ち物 墨車って云いましたっけ?

昔に見た記憶しかなくて、今もあるんだ~ なんて思ってしまいました。

高山の街は、お店の閉まるのがとっても早い!

5時になると次々閉まって。。。あらら。。。って感じです。

朝が早いからでしょうかね!  朝市は7時位かららしいですものね。

そんな訳で。。。みんなでぞろぞろ宿に帰り、お部屋でおしゃべりタイムです。

学生時代のこと・・・すごくよく覚えてる人がいてね、びっくりします。

だって、今から何年前のこと。。。って指折り数えると・・・

ギャ~~~  何となんと半世紀? え~っえ、ホントに~~

私なんて、四国の田舎から出て行って。。。

な~ンにも分からない子供だったなあ~~

ましてや、寮に入ってたから、世間からも隔離されたような暮らしでね、

今では信じられないよね~~ 自分でも。。。

でもね、みんな昔のままの顔をしてるのよ!

って、云うとお化けみたいに思えるかもしれないけど、

そうじゃなくて・・・そりゃあ皺もあったり、中年の体型になっていたりするけど

中学生だった頃の印象、そのまんま! 不思議だよね~

若い子が見たら、それなりのおばあさん(男性はいません)に見えると

思うんだけど。。。 なんでだろう? 不思議。。。

夜がふけていきました。。。。。  

                          つづく

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コメント

飛騨高山は、町村合併のため、私の生まれ在所のとなりの市になってしまいました。
で、祭りの時などはよく行ったものですが、絢爛豪華な屋台にはもう一つ理由があって、これが作られた江戸時代中期には、貧富の差が極端になって、飢饉で飢え死にする人が出る一方で、大名にお金を貸すほどの富豪もいたときでした。
これら富豪の中には、多分見学されたと思いますが、酒造家や大地主がいて、不満や日ごろの収奪で怨嗟の的となり、その捌け口に打ちこわしをされることを恐れ、資金を出させて作らせたものです。
そのため、当時人口2万に満たない小さな町でこれほど贅を尽くしたものが出来たのです。
以上、元地元が少し付け加えました。

clubオラ・ケタルさま
コメントありがとうございます。
今ではお隣となった町のご出身でしたか。
それではよ~く御存じですね。私などは一生の内に3度、行く機会があるかどうか? という所です。
云え、近ければ何度でも云ってみたい魅力に溢れていました。
あの、立派な屋台にはそういう事情があったのですね~ 
教えて戴いてありがとうございました。
見上げるばかりの高さがあると同時に、とても美しく、保存も行き届いているように見受けました。

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