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2011年4月25日 (月)

映画・二十四の瞳

山田洋次監督が選んだ100本の映画

先日、「 二十四の瞳 」 を観ました。

Img_4381

昔々、いつのことだか忘れてしまったけど。。。観た。。と云うことだけは覚えている。

高嶺秀子さんが主演だったこと、小豆島が舞台で、

ロケに使った岬の分教場の建物は今も残されているはずで、

此処へは10年以上前に行ったこともある。

・・・そんなこんなで、特別な期待もなくテレビを観はじめました。

原作・壷井栄      監督、脚色・木下恵介

白黒です。何しろ昭和28年か29年制作の映画です。

戦場場面は出てこないけれど、反戦映画とも云われるそうですね。

高嶺秀子さんが演じる大石先生、岬の分教場へ赴任して

12人の1年生を受け持ちます。

足を骨折し、自転車で通えなくなり本校へ転任。

子供たちが5年生になって、本校へ来るのを待つという感じ。

6年生になった子供たちと修学旅行へ行ったり。。。

卒業後のことを親身になって考えています。

  ・・・・ ここまで進む間に  何度もなんども 涙が溢れました。

どの子供たちの家も、とにかく貧しい!

現代に生きている若者には想像のできない貧しさです。

時代は昭和のはじめ頃だと思う。

世の中に暗い影が落ち。。。戦争へと向かっています。

男の子たちは、農業や漁業の仕事よりも軍人さんになりたい。

そんな子が幾人もいます。

やがて、白木の箱に入って帰ってきた子供たち。。。

大石先生の旦那さんも戦死、

娘はお腹をすかせて、登った柿の木から転落して死んでしまう。

二人の息子を育てるために、先生は再び岬の分教場の先生となりました。

            *

戦後生まれの私(戦後すぐですが)にも何となく覚えのある暮らしぶりが描かれています。

私が生まれた時代って、こんなに皆が貧しさに喘いでいたんだ~~

忘れていたことを思い出しました。

子役の子供たち・・・はじめは1年生ですよね

本校に通いはじめた5年生の顔をみて・・・

    あれ?  何で?  

そっくりの顔なんです。 まさか何年もかけて撮影したなんてことはない! よね。。。

ホントにそっくりなんですよ!

そして、大人になった顔までが実によく似ています。。。驚きでした

それから、この映画って和製のミュージカルじゃない?

そう、思わせるほど 音楽が・・・子供の歌声が何度もなんども

くり返し流れてきます。

小学唱歌って云う・・・あれです。 誰でもが知っている歌。。。Img_4477

麦畑も・・というより麦の穂も沢山のシーンで見られるし、

菜の花畑とか、まるで色があるような感覚です。

大石先生が戦死した子供の墓参りをするシーンで

チョウチョが2蝶飛んでいました。・・・観ている時には気付いてなかった

この瞬間を撮影するために、何時間も待ったそうです。

       *

暗い時代と貧しさ。。。

この映画を見ながら、大震災で被災したり、避難生活をされている方達のことが重なって思はれました。

貧しくても強い絆がありました。

昨日 俳優 渡辺謙さんが立ち上げた(と思う)

kizuna311を検索して覗いてみました。 

渡辺謙さんは世界に通じる tunami と云うことばより

kizunaと云う言葉を世界に通じる言葉にしようではないか。

と働きかけているそうですね!

絆が日本人の宝だと。。。

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コメント

tomokoさんこんにちは!

久しぶりにコメントします。
僕も感動した『二十四の瞳』は四五回見ましたよ
あの頃は貧しいのが当たり前で金持ちは少数でしたよね。
子供たちが唱歌を唄っている姿は何処でも見る事が出来たんです。僕たちもあんな風に広場で相撲を取ったり気に登っていつも歌を唄っていたものです。
貧しい人ばかりだったけれど心がとても豊かでゆっくりと時間が流れて行ったものでした。
『大石小石』とあだなで呼ばれ、再び先生になったら『泣き虫小石』なんて、・・・
ビデオを見る度に、めがしらがウルウルってなるんです。それでもまた見たいと思ってるんです。

chickかもめさん、こんばんは!
コメントありがとうございます。かもめさんも大好きな映画でしたか~ 何度も涙が溢れてきて困りました。テッシュが離せなくてねcoldsweats02
貧しいけれど温かさに満ちていましたね。
見終わると胸の中にポッとあったかいものが感じられました。

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