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2011年1月

2011年1月28日 (金)

「をかし」・・・の世界

狂言を愉しませて貰いました。 初めての生、狂言でした!

予備知識のないまま、会場へと足を運んだのですが

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満席に近いお客様。。。お着物姿で初春狂言の雰囲気をもりあげる方が何人もいらっしゃいます。

どの程度、理解できるかな?  少しばかり不安もあったのですが。。。

はじめに野村萬斎さんから、分かりやすく解説があったので

あらすじが頭にはいりました。 

舞台装置というほどのものは全くなくて、金屏風と松のみ。

舞台をぐる~ と歩くことで、場面の移動を表し、

後は口で云う言葉で、観客はそのつもりになってほしいと説明がありました。

多くの場合演者が舞台中央に出て、初めに口にすることば

   「この辺りの者でござる」

この言葉が表すように、演者と一緒になって愉しんで頂きたいと話されました。

そして、狂言の世界では

言葉(せりふ)を和歌の五七調に近づけるように、、、言い回しが変化していることなども。

          *

物語・・・ストーリー・・・と云うほどのストーリーがあるのではなくて

     ・・・ この時観たのがたまたま・・・かもしれませんが

日常の暮らしの一部、見過ごしてしまうかもしれない部分

これを上手に切り取って、笑いを誘っている。。。

   ・・・これが狂言の世界なのかな~~ 

そんな風に感じました。

普段、笑うことの少ない私が、この時間は素直に笑っていたのです。

今年80歳とお聞きしました。野村万作さんの円熟した姿・・・ジャンプもあって!

そして、後見という役があるのも初めて目にしたのですが、

これは。。。? 演者になにかあった時に、すぐ代役として演技をする人なのでしょうか?

でも、最後まで控えてはいなかった。。。

これから勉強する必要を今、感じているところです。

はじめに、萬斎さんが、「狂言を観るのが初めての人は?」とたずねられて。。

私達は手を挙げましたが、この日のお客様の大半は常連の方のようでした。

手を挙げたのはわずかでしたから。。。

2011年1月27日 (木)

餅投げ

先日の寒い午後、隣に住む息子の嫁ちゃんが

ちょこちょこ歩きの子供をつれて、何処かへ出掛けてくのが見えた。

そして、夕暮れが迫るころ帰ってきた。

じいじが、孫に声をかけに出て行く。(全く! 孫に骨抜きなんだから。。。)

我が家へ連れて入って来た後ろから、嫁ちゃんも一緒だ。

「お母さん、これ沢山拾えたから少しだけど、どうぞ!」って

差し出したのが、これ↓

Img_8381 近くで建前があって、餅投げをしたそうで。。。

何故か、こういう情報に敏感な彼女。

お抹茶をたて、しばらくおしゃべりに花が咲いた。

○○の(1歳半の息子)近くにも落ちてきたんだけど

○○はボーっとしてて一つも拾わないんですよ~。。。

   私は自分の小さかった時を思い出していた。

   何歳頃のことか、分からないのだが、

   近所の餅投げに姉か、兄か?に連れられて行き

   「とこもは、ここでじっとしてなさい!」 って云われ

   すぐ其処に・・・2~3歩動けば拾えるところに落ちたのに

   動いちゃいけない!  って。。。

   一つも拾わなかった。。。あの場面が脳裏に蘇って来たのだ。

   いかにボッーっとしていたか、

   あの時のことを思い出すたびに、あれを塗りなおせるものならと思う。

○○は私の血を引いているのか~。。。

この辺りでも、建前でお餅投げをすることは

ほとんど聞かないが、地の方だと、まだするのかなあ~

などと思いながら。。。自分の思い出と繋がった時間だった。

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2011年1月25日 (火)

黒豆を煮ています

今頃? なんて言わないでくださいね!

お正月に留守をしたものだから、お正月過ぎに一度黒豆を炊いたのです。

これが意外にも美味しかったの!

食べ終わったので、再度。 石油ストーブ利用です。

Img_8367 写真は、昨夜ストーブで柔らかくなったなったものに砂糖を加え、火から降ろした状態です。

Img_8368 フラッシュが、光ったので豆の色が薄く見えますが、本当は黒い好い色なのよ。

この、土鍋と云っていいのだと思いますが、

これは私の好きな作家さん 山本教行さんのものです。

ご飯が美味しく炊けるからとすすめられて。。。

でも、ご飯は沢山炊いて冷凍にしておくのが便利なので

あまり利用しなくなっていました。

これでは勿体ない!  そこでふっと思いついて黒豆。。。

乾燥豆、2合しか入らないけど、我が家には適した分量です。

適当に作るのですが・・・昨日は

先ず、豆がたっぷり浸かる位の湯を沸かし、重層小匙半分加え、

火を止めて洗った豆を入れる。(古釘をガーゼに包んだものも一緒に入れて)

蓋をして、8時間くらい置いていたら、

     *これをポットに入れて一晩置くといいますが

      この鍋は保温がとてもよいので、鍋のまま置きました。

豆が十分ふくらんでいたので、ストーブへ。

ふきこぼれないように注意(蓋をきっておく)

3時間くらいで、柔らかくなっていた(抵抗なく噛める)

砂糖を150g加えて火から下ろす。

  写真はこの状態です。

味? まだ甘みが足りない。。。?

でも薄味もいいかな?   醤油を少し加えるつもりです。

今日も又ストーブにかけます。

     *おかゆも短時間で、とっても美味しくできます!

岩井窯・山本教行さん→http://www.iwaigama.com/

山本教行さんの個展がうめだ阪急など、他でもあるようです。

2011年1月24日 (月)

新年会をしました

私が参加させてもらっている、ボランティアの新年会です。

仲好しさんの集まりではなく、ちゃんと皆さまと、病院サイドにもお声をかけての

親睦会です。昨年はしなかったから、一昨年の暮れの会以来です。

病院近くの まつのき亭 、16名の参加でした。

                   病院職員はお一人参加

お料理が運ばれ、一段落したところで自己紹介。

いつも一緒に仕事をして、姉妹以上に知り合った人もいれば

お顔や名前はよく知っているけど。。。他には?

お名前、何ておっしゃるんだろう。。。? という方も二人ほどおられます。

テーブルの一番端の方から自己紹介がはじまりました。

「○○です。。。」 

「下のお名前は?」 と訊かれた方があって

次の人からは下の名前までいれての自己紹介。 こんなの初めてです。

下のお名前には其々にエピソードがありました。

親御さんの思いが・・・あり、 時代背景もあり(私の場合です)

親の手抜きとしか思えない! と云われた方もありましたよ。

一巡して紹介が終わると、次は病院サイドへの質問も

「こんな時はどうしたらいいんだろうか?」 などあります。

それから、年に数度開くボランティアの勉強会を、今年はどうしようか?

接遇のこと・・・感染症対策のこと(手洗いをふくめ)・・・車椅子の押し方・etc

他所の(関西など)地で開かれる勉強会へ行くのは個人負担なの?

「それは、そうだと思うよ!」

「私ね~、一度参加したことがあるんだけど、どうってことなかった~」

「今の私達がしていることのほうが、凄いよ!」

                            。。。。 。。。

そんなこんな・・・色々おしゃべりと云っても、ボランティアの仕事、、、

病院に関すること、、、ばかりで時間がながれました。

何やかや云っても、みんなの病院を愛する気持ち・・・と、

そこで活動させてもらっているボランティアの人達から

沢山の気付き、癒し、を得られること。

それが楽しみで元気を貰いに行っているのだと

改めて確認した時間でした。

ボランティアの平均年齢がぐ~んと上がっています。

定年は・・・? 個人差だといっていましたが~

80歳になる方が最高齢かな?   でもね!

この方の、見た目の若々しいこと! 笑顔も素晴らしい!

元、この病院の看護婦長もされていた方だから

病院側に厳しい要求もだされます。

ボランティア皆さんの理想とする人なんですよ!

会費 1700円 コーヒーを追加したから+400円で、 一人2100円でした。

あっ!  これランチですからね。

2011年1月22日 (土)

テレビを見ました

NHKのプレミアム8という番組です。

玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんへのインタビュー番組。

玄侑さんは芥川賞作家とお寺の僧侶という二足のわらじを履く方です。

寺の跡継ぎとして生を受けたものの、

住職という職業に疑問をかんじて激しい反攻期をすごした。

    ・・・ お布施という、本来仏様への寄付であるはずのもの、

     そのお金で自分の家の暮らしが支えられているということに ・・・

敷かれたレールの上を進むことにも抵抗感を持ったようです。

東京の大学に進むと宗教を感じさせない職業ということで

あらゆるアルバイトも経験。   しかし、

興味を広げるということは、自分が分散していくことにもなり

自分で自分をまとめることができなくなってきた。

自分をまとめるためには、書かないといけない!

初めての小説(240枚)を書くことによって、自分もまとまったと感じる。

作家になろうと思った。

親には27歳までに芽がでなかったらあきらめて帰ると告げる。

27歳が近づいてくる。。。人生で一番苦しんだ。。。死が近くにあった。

約束の27歳、修行に入った。

3年経った時、父が倒れ、寺に戻る。

住職になってみると、これはこれで興味が湧いてくる。

何をしてもお坊さんの仕事と繋がっている。

図書館を建て、地域に開放する。

貸しホールのような建物のスペースで演奏会などもする。

書くこと、書きたいという気持ちを忘れていた。10年ほども。

奥さまのお母さんが死の病の床で

「そろそろお迎えくるやろか。。。?」 と訊ねたのです。

その時、自分は 「いやいや弱気になってはいけません。。。」と答えた。

宗教者としての私に訊ねた、義母の問いに、この答えは間違っていた。

「そうかもしれませんね~」と答えるべきだった。

肯定することによって、大事な話が色々できたはず。

この時の反省から書いたのが≪アミターバ ・ 無量の光≫

死んだら阿弥陀様のところへ行くのだそうですねぇ。

阿弥陀様はアミターバから付いた名前だそうです。

そして阿弥陀様は光り輝いている。

この本は死者が主人公で、死者の口を借りて話しているそうで

是非読んでみたくなりました。

          *

あなたの命の残りがわずかしかない。。。と云うことを告げるのは

とても勇気がいると思います。辛いことだもの。。。

でも、そうだと分かった時に、言い残しておきたいことを伝えられるのだと思います。

いえ、まだまだ大丈夫ですよ。と云ってしまったら、

死に往くものは口を閉ざしてしまうでしょう。

           *

私の母のことになりますが。。。

癌の告知を(治癒を望めない)どうするかと、兄弟3人で話しました。

私達3人とも・・・よく云えば・・・正直者で

       ・・・悪く云えば・・・嘘も方便の嘘が付けないのです。

云わば、お芝居が苦手です。

だから、告知することで意見がまとまりました。

主治医の先生から告知をしていただきました。

その間、姉と私の二人は廊下で待っていたのでしたが

中からは笑い声も聞こえて。。。どうなっているのかと?でした。

先生がでてこられて。。。

「大丈夫ですよ、しっかりしておられます」と。

入れ替わって病室に入った私達二人を前にして

母は思いつくままに。。。

死に対する準備は、これこれで。。。

あれは、どこに置いてある。。。とか、

死に化粧のときには、薄くなった眉を描いてほしいなどということまで

その日はそんなことや、大昔の思い出話で時間が経ちました。

でも一晩すぎると、パタッとその話は出なくなったのです。

              *

アミターバの本の中ではお姑さんが云っています。

お坊さんが話すようなことじゃないけど、

でも、なんや死ぬのが楽しみになるようやわ。。。

              ・・・ 正確な言葉ではありません ・・・

眩いばかりの光に向かっていくなかに、懐かしいものが見え隠れするのでした。

2001年芥川賞を受賞した本は ≪中陰の花≫です。

玄侑さんの本にやわら興味が湧いてきました!

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2011年1月19日 (水)

つかの間の家族団らん

Img_8332                             匂いスミレが咲いていました

今年のお正月は私達が留守をしたので、誰も帰省せず

その分、何もしないですっごく、のんびりしました。

しかし、これは唯のんびりしただけで、

お正月気分も少しは味わいたかったなあ~ と云うのが本音ではありました。

めったに会うことが無いのが長男。

便りの無いのが。。。何とやらで

不規則な勤務ということも手伝って、

用事が無いかぎり電話もしない。あちらからもかかってこない。

これではまずい! と感じた夫。。。

嫁ちゃんに「月に一度は手紙を書くように。。。」と注文をだした。

それ以降、きちんきちんと、二人の孫の様子を手紙でしらせてくる。

でも、でも。。。手紙に書くほどじゃないもの。。。

暮らしの些細なことを訊いてみたりしたいんですよね~

いわゆる おしゃべりを。。。

Img_8325                                サザンカ

長男にどうしても帰ってきてもらいたい用事があって。。。

息子の仕事休みの今日、久しぶりに帰って来たのです。

隣に住む次男一家にも声をかけて、昼食を一緒に食べました。

数日前に40歳となった長男。。。

それなりに成長したかな~~ などと思いながら横顔を見ました。

無口な次男も、お兄ちゃんとなら自然体でおしゃべりが進んでいる様子。

家族っていいなあ~~  

娘が加われなかったのは残念だったけど、

兄弟三人、仲良しなのが何よりだな~~ っと、これって親バカ?

先に食べ終わった夫は、1歳半の孫と一緒に

楽しそうに遊んでいました。  

まだ言葉が出ないけれど、自分の要求はしっかり伝わってきます。

手をつないで、行きたい所へ連れて行こうとします。

取ってほしいものは、指差して。。。アッウ・・ア・・と態度で示します。

遊んでもらっているって感じの、じいじ。。。嬉しそうです!

息子たちの人生は、まだまだこれからが大事。

体を大事に、元気で家族なかよく暮らしてもらえればと

そればかりを願っている私でした。

Img_8329                                スイートアリッサム

               寒空の下で咲いている、我が家の庭の花を集めました。

2011年1月17日 (月)

阪神淡路大震災のあった日に

あの大震災から今朝で16年です。

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自分の記憶の中で勿論、忘れることはないできごとですが、

鮮明さは 幾重にもフィルターがかかったように・・・

                  霞がかかったように・・・ 

16年という年月が記憶を薄くしているのは確かだ。

しかし今、毎朝のようにスイッチを入れるラジオから

                        ・・・関西の番組

震災を体験されたパーソナリティーの方の個人的な話とともに

あの時の具体的な様子が伝えられている。。。

昨夜、テレビを見ている時だったが、 リビングの部屋が

        ベリッ!  グィ ギ、ギィ。。。と揺れて

地震の少ないここ岡山に久しぶりの地震があったのです。

震源は四国、徳島だとニュース速報が伝えてきたが

岡山で震度3ということでした。

16年前の大地震では、岡山でも震度4だった。

それまでの経験から、

      「あっ! 地震だ!」 と目覚めたものの

              。。。 すぐ止むだろう と思ったのです。

しかし、すぐには止まなかったから、夫を揺り起こし。。。

二階からは娘が財布一つをもって、駆け下りて来たのでした。

             *

そんなことを思い出しながら。。。

あの、多くの犠牲者をだした大震災から学んだものを

個人的に生かしているか? ・・・・ 否 である。     

又、今日を振り出しに暮らしを見直さなければと思う。

母校の先輩お一人があの時亡くなられた。

他に知り合いで犠牲になられた方はしらないものの

6500人でしたか? 

この多くの方たちのご冥福をお祈りします。

Img_8337                我が家の庭に咲く、ガーデンシクラメン

 Img_8335                

2011年1月15日 (土)

CDを聴きながらお菓子を焼きました

先週サロンのためにお菓子づくりをして、

その材料がすこし残っていたので、それを片付けるために

お菓子を焼きました。

一人キッチンで働く時には、音楽を流しながらというのが

雰囲気的にいい感じです。

今日のCDにはドヴォルザークのチェロ協奏曲 作品104 と

チャイコフスキーのロココの主題による変奏曲 作品33 が入っています。

チェロは私の好きな ロストロポーヴィッチ さんのものです。

      ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

      指揮:カラヤン

どちらの曲も、とても大好きな曲です。

そして仕事をしていてもあるメロディーが流れはじめると。。。

手が止まって・・・思考も止まって・・・

私は固まってしまう。。。 

少しだけ大げさに云えば、こんな感じになってしまうのです。

小澤征爾さんと、ロストロポーヴィッチはとても親しい間柄だったと

記憶しているのですが。。。

阪神淡路大震災後、あまり時を置かずに来日されて

日本の私達の為に演奏をして下さったように思います。

あれから16年ですよね。。。明後日で

そんな記憶もあって、最近はこのCDをかけているのです。

多くの犠牲になった方達の為の

私の鎮魂歌です。

                  *

そして、焼きあがったものは。。。

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                 チーズケーキ

Img_8315         それから

                 クッキーも焼けましたよ scissors

              Img_8312            お砂糖を表面に散らしてみました。

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2011年1月14日 (金)

蝋梅の花

この冬はやけに寒いなあ~~

暖かい所へ行ってきたから、余計にそう思ってしまうのかしら?

それとも年齢のせいかな?  ・・・ きっとそうなんだと、内なる自分が云うのです。

朝のウォーキングはとっくに止めてしまって、

かと言って昼間も歩かないし。。。

これじゃダメ!  って感じていたところへ友人のYさんが来て

彼女、なんとか歩いているよ!って

「駅の近くを歩くと元気もらえるねぇ~」 

           ・・・ 通勤の人、寒くても半ズボンはいて学校へ行く子供たち

そして、もう一人の共通の友人Hさんは朝一人で歩き、午後はご近所さんと歩き

「Hさんって、ほんと元気よねup 疲れしらずで憎たらしいくらい!!」

そんな話をしたので、私も元気ださなきゃ! 

そんなこんなで、昨日ひさしぶりに昼間の散歩をしたの。

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他所のお家のだけど、蝋梅がきれいに咲いていて

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好い香り~ heart04

我が家にも植えていたことがあったのに、枯れちゃったのよね~~

義母(はは)の庭には何本もあったのに。。。

今、其処には何も残されていないの。。。

私、花が好きで沢山の草花を植えているけど

自分がその世話をできなくなったら、

草花が主の庭なんて、1年でダメになっちゃうのよね~~

残るのは樹木だけだろうな~  って思っていました。

でもね、受け継ぐ人によっては樹木だって全部切ってしまうんだ!

って、分かったんです。

義母の庭は見事に、何もなくなってしまいました。

あるのは以前を知っている者の心の中の思い出だけ。。。

Img_8307 それもやがて、こんな風に色褪せて透き通ってしまうことでしょう・・・Img_8306

2011年1月13日 (木)

ピアノコンサート

一昨日友人から「よかったら行ってもらえませんか?」と

2枚のチケットを頂きました。

それが今夜の仲道郁代さんによるピアノコンサートだったのです。

千住明さんのプロデュースでショパンが生きた時代の音楽となっていました。

前半がシューマンの曲。後半がショパンの曲です。

そして、嬉しいことに仲道さん自らが曲の解説をしてくださるので

私のように詳しくない者にとっては、分かりやすくて親しみの湧くコンサートだったのです。

招待券と引き換えに席番号の入ったチケットをもらって。。。

 えっ! これってバルコニー席だわ。。。

と少し不満の交じった気持ちを持ちました。

ところが、実際のその席は。。。

演奏者の顔こそ見られないけれど、両手の動きがはっきり見えて、

ピアノコンサートには一番の席だったね! と話したものでした。

ショパンが祖国ポーランドに寄せる熱い思いがこめられた曲・・・

どれもとても心に響いてきましたが

アンコール曲では

「私の大好きな曲です」と云ってショパンのノクターンを弾かれたのです。

曲名を聞いただけで、すぐにピンとこないのが私の弱み。。。

音が出はじめたら分かりました! 

戦場のピアニストだ!」

あの映画の終りの方の場面がパァ~ット頭に広がりました。

同時に重くて悲しいあの映画が思い出されました。

映画とこの曲は私の中では対になってしまっている。

どうしても純粋に曲だけを楽しむことができません!

これって一体、良いことなのか? 不幸なことなのか?

それさえも分からないのです。

でも、誰でもが胸に抑え込んでいる悲しみってあると思うの。

その悲しみを押さえている蓋を外してくれるものの一つが音楽かもしれないなあ~

悲しみは抑え込んでいるだけではダメ!

時々蓋を開けて悲しみを外にださなきゃ 。。。

何故だか、そんなことを思いながら聴いていたんです。

           *

もう一つ、映画と音楽のことなのですけれど。。。

録画してあった映画を昨夜みました。  「ひまわり

音楽だけは時々聴くことがあって、その度に

どんな映画だったかなあ~~?  もう一度見たいなあ~~ って

思っていたんですね。

やっと、その思いがかなって見はじめたのですが。。。

私って、この映画見てないわ!  と云うことに気が付きました。

だって、全然何も覚えてないんだもの!

もし、一度でも見ていたら、何か思い出すのがふつうでしょう!

じゃなければ。。。怖いじゃないですか?

テーマ曲の何ともいえず・・・物悲しい音色・・・

こんなに悲しい内容の映画だったんですね~~

本当に悲しい~~   

ハッピーエンドでないだけに、いつまでもず~んとお腹の中に残りそうです。

運命の悪戯? そう云って割り切れるものではないですね! 

ニューイヤーコンサート

旅行の記事に長々と時間を費やしている間に

新年の華やかさは当然すぎさって。。。

1月も早、中旬ですね。

今日は時の流れに逆らって、後戻りです。

ニューイヤーコンサートの華やかさをお正月にテレビで愉しむ。。。

いつの頃からか・・・習慣と云うほどではないにしろ毎年観るようになっていました。Img_8293 今年は旅行の関係でリアルタイムで愉しむことはなかったものの、

再放送があり、お陰で今年も愉しませて貰いました。

今年は私の気持ちの中で、楽しみにしていたことがあったのです。

それは・・・

Img_8286この方が指揮をされると聞いていたから・・・

ご存じの方も多いのでしょうが。。。

私がこの指揮者を意識したのは昨年の暮れでした。

ブログにUPしたのですが、そんな事を覚えていて下さる方はないですよねぇ。

               ・・・ 写真も無かったのですから

お名前は フランツ・ウェルザー・メスト さん

昨年、私がテレビで拝見したのは1992年の来日公演のものでした。

だからそれから20年の時が過ぎて。。。

あの若々しいお姿が。。。20年分の実力と自信を増して

                人間的な円熟味をみせていました。

Img_8292 Img_8288 Img_8295 このニューイヤーコンサートと云うのは、大げさに云えば

ウィーンで育ち、学び。。。

細胞の隅々にまでウィーンの気風が染みわたっている人達によって

演奏されているのだとか。。。  

だから。。。分かりやすく云えば。。。同じ釜の飯を食べた者達とでも云えばいいのでしょうか

そういった他の人達では決して出せない、ハーモニーなんだと聞きました。

演奏している人達の、愉しんでいるような姿が印象的!

そして演奏ばかりでなく

バレエがとっても素敵でしたね!

雪道を颯爽とあるいて・・・宮殿(かな?)に入る

コートを脱ぎ棄てると同時に踊りだす。。。

良き時代の気品と、輝きが感じられました。

2011年1月12日 (水)

カンボジア・最終章

カンボジアのシェムリアップに4泊しての観光ツァーのうち

アンコール・ワットからの日の出をたのしみ、別の日には

プノン・バケン山(60m)の山頂にある遺跡からは日没を楽しむ。。。

こんなスケジュールになっていました。

夕刻には早すぎると思える時間から歩いて登ります。

40分位だと聞かされると、少々気合いを入れる必要を感じます。

土ぼこりの舞う道だけど、ちゃんと整備されているから

ゆっくり登ればさほどきつくはありません。

Img_8102 頂上の遺跡に立てば、遠くにアンコール・ワットも望めます。

しかし山道を登るのは平気だったのに、

遺跡に到着して、遺跡の上まで登るのが怖かったんですよ!

何しろ、石段の幅が10cmくらいしかないの!

そして、とても急な角度につくられていて。。。ワァ~オshock

無事に登れて、やれやれ~~

日没までには50分くらいの時間があるなあ~

スケッチでもしながら時間つぶし し~よおっ!

。。。   。。。 

いい感じに陽が傾いてきたな~  と立ち上がる。

ここでびっくりです! 

人が。。。うじゃ うじゃ。。。~~

Img_8101

蟻が湧いてくるように。。。まだまだ石段から登ってきています!

Img_8108               少し夕焼け色に染まりはじめましたよ~

Img_8106 でもね! この大勢の人が一斉に。。。降りる!

たった二か所しかない石段を。。。

それも、あの恐ろしく急で幅の狭さを思う時、怖さを感じました。

だから、本当の日没は見ないで、取りあえず遺跡の下まで降りたんですcoldsweats01

Img_8110                ほら~ こんなに人が多いのですからね!

陽が沈み。。。一斉に山を下ります。

土埃の中を。。。マスクをしました。 

懐中電灯・・・リュックに入っているのに~。。。

もう、人ごみの中でそんなもの出している余裕がありません。

黙々と。。。はぐれないように。。。唯、下っていきました。

夕日を眺めに、こんなに沢山の人が山に登って。。。

何だかとっても不思議な感覚がしました。

我が家からだって、夕日の美しさに感動することは結構あるのに。。。

   確かに、あの屋根がなかったら、もっときれいなのに~ とか

   あの電柱が、邪魔よね~~  などと言いながら眺めるのですが・・・

夕焼けに染まる空を眺めながら人々は何を思っているのでしょうか?

いえ、何も思わずに沈む太陽に見とれる。。。

そこに幸せ感があるのかもしれませんね。

そのいっとき、悲しみや辛さを忘れ、今日を無事に終えられる幸せに感謝の念を抱くのでしょうか?

そして明日への活力を得るのかもしれません。

            *

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Img_7936 Img_8109               *

次の観光に移る前に時間が余ってしまったことがありました。

その時にガイドさんが案内してくれたのは

ポル・ポトのことがわかる場所だったのです。

1m四方程のガラスの柱・・・みたいなものの中に

頭蓋骨が沢山入っていました。 全部犠牲になった人の頭がい骨です。

一瞬、驚いて。。。見たけれど。。。2度とは目を向けられなかった。。。

ポル・ポトの顔写真は、もう色も褪せて、どうにか判るといった感じです。

こうやって処刑したんですと。。。後頭部にドリルで。。。

話を聴きながら、あまりのむごさに

皆、押し黙っておりました。

そんなひどい時を乗り越えながら、人々は今を懸命に生きているのですね。

小さい子供が売る、その売り上げが今日の暮らしに直結しているのでしょうか。

生きるということの本質を、考えさせられます。

Img_8254 Img_8259

Img_8260 日没と同時に機体が飛び立ちました。

さよなら、カンボジア。。。

            *

長々と、お付き合いありがとうございました。

カンボジア・その11

カンボジアの遺跡写真ではお馴染みかもしれませんね。

タ・プローム遺跡です。

Img_8096 縦横無尽に遺跡を覆い尽くす巨大なスポアン。

     ・・・スポアンとは榕樹(ようじゅ)・・・ジャングルの樹木です。

スポアンが絡みつき、その細い根が、はじめは石の重なりの溝に入り

根の成長とともに溝が広がって、ついには石を崩してしまったり

あるいは、がんじがらめに、まるで紐で縛ったようになるのです。

Img_8071 これは、ほんの一部でしかないのですが、大きな石が崩れ落ちている様を

目の当たりにすると、私などは、これを修復するなんて・・・

積み木じゃあるまいし、積んだり取り替えたり・・・

とてもじゃないけど・・・無理!   と思ってしまいました。

それでも、幾つもの国が修復に力を貸して、今のアンコール・ワット他の

遺跡の姿があるのですよね。

Img_8093

他の国のことは、今回の旅行では聞けなかったものの

日本の援助のことは少しだけ聞きました。

それにテレビでもしていたし、上智大学の石澤教授が中心になっているようです。

テレビなどで得た知識によれば

日本流のやりかた・・・じゃなくて、

カンボジア流を大切にして、カンボジアの学生と共に働いて

自分達の国、文化を理解し、守る・・・愛せるように

心を砕いている様子が、素晴らしいことだと思えました。

             *

他にも、日本人の誇りとなる働きを知ったことは、嬉しかったです。

カンボジアの伝統の絹織物を復興させた人・・・森本喜久男さん

この方が始めた クメール伝統織物研究所

ポルポト政権とその後の戦乱で途絶えてしまった伝統の絣、絹織物

桑を植え蚕を育て、染料になる虫や樹木を取り戻す森づくりもしている。

カンボジアの女性が500人も子供連れOKで働いています。

織った布には作り手の名を添えて販売しています。励みになりますね!

Img_8182            絣の模様にあわせて、縛っています(染料が入らないように)

Img_8181            とても細かい仕事です。模様は頭に入っているとか・・・

Img_8178                  全て手織りです

Img_8183                あれれ~  何か編んでいますよ! 場違いな作業・・・

Img_8185              ショップで買い物をして分かりました。

             品物をいれる箱になるのですね! 模様まで入れてあります。

Img_8299              私が買ったのは織物じゃなくて、シルクのニットです。

              平和の鳩かしら?  心憎いばかりの演出です。Img_8300

                   *

もう一人、日本女性の力がありました。

カンボジアクッキーのお店があります。

         ・・・マダム・サチコさんのお店です。

カンボジアでは、お土産になるものがとても少ないのですが、

このクッキーは、私達が普段日本で口にするクッキーと変わりない食感で

誰の口にも合うものです。

「カンボジアの人々の手によって、カンボジアの素材を使った、質の高いカンボジア土産を作りたい」  ・・・ マダム・サチコのこの想いから生れたそうですよ。

お店に入ってみました。

クッキーだけじゃなく、香辛料や、コーヒー、紅茶、小物類。。。

どれも可愛く、モダンな感覚で並んでいました。

クッキーを買い、お庭の方でアイスクリームを食べました~~

Img_8281 Img_8284

Img_8099 お店の入り口にはブーゲンビリアがたわわに、咲いていました。

2011年1月11日 (火)

カンボジア・その10

今日は遺跡を見ていただくことにいたしましょう。

今まで意識的にあまり触れないでいたのですが、

触れないままにお終い・・・と云う訳にもまいりませんものね。

バンテアイ・スレイです。

アンコール・ワットの北東やく40kmにある小さな寺院なのですが

彫刻の繊細で美しいこと!

Img_7992 上の写真の破風をアップしてみましょう。 ↓

Img_7991

もっとアップすると  ↓ 細かさが分かるでしょうか?

左にコブラの頭がありますよ。(守り神・水の神・雨の神)

アカンサスの文様で縁どられていますね。  

Img_7993

この寺院の石はアンコール・ワットやトムとは異なり

赤色砂岩なので、彫刻が一層華やかにかんじられます。

そして、この赤い石の方が固いので綺麗に残っているということです。

Img_7999

この寺院には≪東洋のモナリザ≫と呼ばれるデヴァダー像があるのですけれど、

最近は近づけないように綱が張られています。  あ~ぁ 何と云うことでしょう!

東洋のモナリザ像は作家のアンドレ・マルローが盗掘し、持ち出そうとして逮捕されてしまったいわくつきだと云うことですよ。

代わりとは云えないけれど・・・ ↓ で我慢?

Img_8009

↓ 正面の塔の中にあるらしいです。

Img_8007

アンコール・ワットなどと比べたら、随分小さいですね!

Img_8010

堀で囲まれているのはヒンドゥー教の寺院だということです。

            *

寺院によっては、

ヒンドゥー教 → 仏教 → ヒンドゥー教 → 。。。 と

変わる度に彫刻を削り取って、新しい様式に直した跡がみられたりします。

しかし、この国の国民性なのでしょうか、

国教はヒンドゥー教を含めた仏教だということです。

融通がきくみたいですね!

これは日本人も同じでしょう。 そんなにこだわらなくても。。。と云う感じですね。

2011年1月 9日 (日)

カンボジア・その9

私達のツァーは添乗員さんを含めて10人の少人数でした。

それで、観光地までの乗り物もマイクロバス。

現地ガイドさんが ≪カンボジアハイウェイ≫ な~んて呼ぶような

舗装した真直ぐな道路を往く時、

たまたま私、ずっと後ろの席に座っていたの。

普通はガタガタはするものの、どうってことないんです。

しかし突然!

お尻が座席から浮き上がるほど

ド~~ン!! ってなってね、

私が子供だったころ、バス道も舗装してなくて

大きな凸凹があって、揺れたな~  なんて、

そんなことを思い出させてくれました。

Img_7973 舗装のしていない赤い土の道も勿論あります。

Img_7965 その揺れるバスの中で、ガイドさんに訊ねてみました。

平均的な収入は?  ・・・ 難しいとはおもいながら

ガイドさん、ほんのちょっと考えているようでしたが、

公務員の平均が。。。100ドルくらいかな~(9000円~1万円)って。

警察官の給料がよくなってきていることや、

学校の先生の給料は毎年20%ずつ、上がってきていることなど話して下さいました。

毎年20%って、びっくりでしたが、

元々が50ドル位の低賃金だったそうでした。

            *

このガイドさん、色んな事を話してくださって、

今度の旅行が、充実した良い旅行になった一因だと感謝しています。

12年前に内戦が終わったのだから、その時が20歳。。。

サトウヤシからの砂糖作りもしたし、魚も獲ったし、

ワニを飼育して出荷もした。 教師もした。。。。

と経験豊富な若者(32歳)です。

               サトウヤシの雄花です

Img_8055                こちらは雌花   其々に手を加えて蜜をとりだしますImg_8056                 両方の蜜をあわせて、煮詰め             Img_8052_2             ヤシの葉でつくったリングに流し固めれば、砂糖のできあがり。Img_8064          この砂糖10個をヤシの葉で一つに包んで売っています。・・・3本で1ドルでした。

歩く道々、この木は何? この花は何て云うの? この実は?

・・・などと、手当たり次第に質問するのですけど(私じゃなくて)

いつも、最初に彼が云うことは・・・

『これは、食べられる!』

『これは食べられるかもしれないけど、食べない』  こう答えてくれます。

生きて行く上で、大事な知識なんですよね!

             *

ある日の夕食後に影絵芝居を見せてもらいました。

戸外で、幕の向こうで火を焚きながらするのです。

Img_8128 私達だけの為にしてくださるってきいて、これもびっくりでした。

初めに祈祷をしてから。。。始まります。

Img_8120 Img_8131 牛の革をカットして、色が付けてあります。

これを持った人が、幕のこちら側にでてきたり。。。

内側に入ったりするのです。 

民族楽器も奏でているし、歌というのか語り・・・もあるのですが、

古くからのものなので、ガイドさんにも全部は理解できない。ということでした。

でも、インドの戦いのお話で、アンコールワットの回廊の壁には

同じお話が、浮彫で彫ってあります。

そちらの浮彫は、字が読めない人でも、

物語が理解できるように、沢山の場面が細かく表されています。

ヨーロッパの教会で、ステンドグラスが果たしている役割と同じですね!

Img_7903 豚の毛を取るために油の釜に入れるところ ↑

そして、右端と ↓では 肉を串に刺してバーベキューにしている。

           ちゃんと火も燃えているでしょ!

Img_7904 長い回廊全体に彫ってあるのですから、説明をはじめたらきりがない感じ。

時間調整ができるなあって(笑)

            *  また続きます

 

カンボジア・その8

    さて、食べ物の話をいたしましょうか。

下の写真は、カンボジアに着いた日の夕食で、カンボジア料理。   

Img_7820Img_7821

中華料理ととてもよく似ていて、違いと云えばあまり油を使ってない・・・かな?

肉厚の椎茸が沢山つかってありました。

大皿盛りの料理が、どんどん、どんどん運ばれて。。。

置き場所に困ったほどです。

最初の2品は写せたものの、あとは写真どころではなくなって。。。

食べるのに一生懸命で~~

気が付けばフルーツになってしまってました。

どれも、美味しいのですよ! 野菜がたっぷりで、嬉しいですね~

ヨーロッパの食事とは大違い! 

Img_7828 Img_7822  

赤い皮に、黒ゴマを散らしたようなフルーツが、ドラゴンフルーツ。

黄色いのはパイナップル・・・美味しい!

ドラゴンフルーツは今が旬なのかな? どこでもありました。 お味?

  。。。う~ん、少し甘さがあるようで、ないようであっさりしています。

Img_7825_2 レストランでは、飲み物を注文しますね。

アルコールが弱い私達ふたり、さて何にしようか?

あっ!  これ、すごく珍しいじゃない

・・・ とう云うことで、今夜はこれに決めました!

ココナツジュースです。 ココナツの実、丸ごと1個!

少しだけ甘みが感じられる・・ほとんど水に近い感覚で飲めます。

これ1個で2ドル。  ビールなどと同じ値段です。

             *

朝はバイキング・・・パンや麺、ピラフ、 海苔巻(ウインナー)などの

    主食をはじめ、卵も肉も。。。野菜料理も

    沢山の種類があって、とうてい全部にトライは出来ませんでした。

お昼もレストランでバイキングだったり(とても規模の大きい所です)

下の写真の日は おにぎり弁当 でした。

田舎の観光地で、お店のテーブルを借りて食べました。

Img_8046 Img_8047    

お弁当箱がすばらしいでしょ! 全部土に返るものばかりです。

こう云うのが本来の暮らしの姿ですね~ 感激でしたよ。

食べた所は、↓こんなところです。

Img_8048 Img_8049  

物売りの子供たちが、私達の食事が終わるのを待っています。

こちらの人は、ハンモックが大好きなようで、

ハンモックで、ゆらゆらしながら、様子を覗っていました。

             *

これは別の日の昼食。

緑に囲まれた、お庭の東屋といったところかな。

まるで隠れ家の雰囲気・・・そして料理がおしゃれです!

Img_8186 Img_8187 Img_8188 Img_8189

毎回、美味しいもの、珍しいものばかりで。。。

食べる量をセーブできず、帰ってきてからが大変!

一つ、気にかかったことは、

サービスして下さる方達に笑顔が見えなかったことですね。

言葉が解る、解らない。。。の問題ではなくて。。。

それが解消されたら素晴らしいだろうな~と感じました。

             *

野菜や果物が豊富なんだな~  。。。って感じますね。

ところが、ほとんどがタイ・ラオス・台湾などからの輸入だそうです。

畑は地雷があって、耕せない所が多い。。。

。。。そうなんですね~

私達の記憶からは遠のいていたかもしれないけれど、

ここでは地雷がまだまだ埋まっている場所が残っているのです。

さすが観光地では大丈夫になっていて、

こんな看板がありました。

Img_8303

03.03.2007 ~ 07.06.2007 で、地雷除去をした。

と云うようなことが書いてあります。

地域によっては地雷のあるマーク・・・ドクロに腕のバッテン・・の立て看板があるのです。

            *

今回の旅行は、アンコールワットなどの遺跡を見たい。。。

これが第一の希望で、あとのことは何も考えていなかったな~

と、行ってから気がついたのでしたが、

遺跡はとても素晴らしかったけれど、それ以上に

カンボジアの事情、情勢 (今まで、何も知ろうとしていなかった)

それを、ほんの少しだけれど、知ることができた。

このことが、とても大きい収穫でした。

            *

あともう少しだけお付き合いくださいね。

    

2011年1月 8日 (土)

カンボジア・その7

Img_7941

世界遺産の遺跡をしっかり歩いて観て回る。。。

今回参加したツァーは、そういうものだったので、

とに角、歩きやすい服装でとは思ったのですが、

気になるのは暑さのことでもありました。

11月~1月が乾季で一番涼しい・・・・とはいっても

最高気温が31~33℃と書いてあるじゃないですか!

真夏と考えたらいいのかなあ~

ガイドブックでみると、半ズボンにゴム草履。。。とか書いてある。

しかし、ゴム草履ねえ?  これはチョッと抵抗ありですよね。

急きょ、近くのスーパーでスニーカーを買って、足ならしをして、

これをトランクへ放り込み。。。

半ズボンも入れておく。  

「タオルは何本も要りますね~」 とは説明会での旅行社の話。

         。。。 捨ててきてもいいようなタオルを放り込む。

何だかわかるようで実感が伴わない。。。

そこで、猛暑だった昨夏、盛岡で歩き回った時の服装を思い出しながら

半袖Tシャツを主に、上に羽織るものを加えた。

関空を飛び立つまでは、冬なのだから。。。

色々思案のすえ。。。↓ このようなスタイルで出発!

Img_8297

機内に入ったら、ダウンの上着をバッグに押し込み。。。

次第に暑くなってきたので、襟巻もはずし。。。

と、玉ねぎの皮をむくような感じで変身してゆく。

帰りは当然のことながら、往きの逆をするわけですよね!

           *

外国の方は。。。最初の写真で見えるでしょうか?

ゴム草履スタイルが多かったけど、スニーカーで正解!

半ズボンははきませんでした。 タオルも・・・タオルマフラーを使用。

役に立ったのは、夏の帽子 ・ マスク(土埃よけに) ・ サングラス

           登山用の手袋(遺跡を登る時) 

昼間は流石に暑かったですけれど、カラッとしているから

             木陰で休めば気持ちがいい・・・

朝夕は全く暑さを感じなかったですね~

現地ガイドさんによると、

 『このところ気温があまり上がらないので、私達には寒いです。』

 『子供なんか風邪ひきそう!』  

   ・・・え~えっ!  寒い? 暑さに慣れた人にはそうなんでしょうか?

この国では、お昼休みの習慣があるようです。

涼しい早朝から活動して、お昼は一休み(シエスタって云うのでしたか? えっ、違う?)

これ、私達も1日だけ経験しましたけど、とても合理的で体にやさしい暮らし方ですね!

           *

水には十分気を付けて!  ・・・ と云うことでしたから、

飲み水は勿論、ペットボトルのミネラルウォーターですが、

今回はホテルで毎日一人1本のサービスがあり、

旅行社側もバスに必要なだけどうぞ。。。と用意してあったので問題なし。

唯、生野菜のサラダには手を出さないようにしたり。。。

食事の前にはウェットティッシュで手を拭く。。。など気を付けました。

 Img_8242この国を代表する花は   睡蓮 です。

ホテルロビーのテーブルには ↓ このようにして飾ってありますよ。

                      これ本物のハスの花を折ってあるの!Img_8241 テーブルナプキンも この通り↓ ハスの花(これは睡蓮かな?)にしてありました~Img_7818  ハスと睡蓮は違うけれど、どちらも国を代表する花なのでしょうね。

 睡蓮は早朝から開いて10時には閉じてしまいます。

2011年1月 7日 (金)

カンボジア・その6

先にUPしたアンコール・ワットですが

アンコール(街)ワット(寺院)という意味です。

次にUPする写真はアンコール・トム(大きいの意)です。

『大きな街』と云われるとおり、一辺が3kmの城壁に囲まれた城塞都市ということです。

その中央にあるのがバイヨン寺院・・12世紀末に創建の大乗仏教寺院

こちらは大きいお顔が、其々の塔の四方に彫られています。 ・・ 観世音菩薩像

独特のほほ笑み・・・ 少しずつ表情に違いがありますね。

  この写真に幾つのお顔を数えられるでしょうか? 

Img_7886

         少しアップしてみましょうね。。。

Img_7887

 これが一番有名なお顔ですって↓  おっと、どなたかのお顔も入ってしまいました。

            観光客全ての人がここで記念写真を撮りたいのですから、ごめんなさいね!

Img_7911_2

いや~ 撮影でしょうか? ↓ その様でもあり、違うようでもあり・・・?

Img_7913_2

こちらは民族衣装の人との記念写真・・・勿論有料です(離れた所からちょっと失礼!)

Img_7915_2

           *            *

カンボジアでは全く地震がないそうで(羨ましい!)遺跡の

多くは砂岩を、ただ積み上げて重ねて(置いて)あるだけなのです。

しかしその技術は、信じられない位きっちりとしていて、

少し離れると、重ねたことさえ解らないような精巧さです。

立方体の6面其々を、 砥石で研ぐようにして平らにするのだとか。。。

建設に当たっては、分担作業で、

石を切り出す人。   運ぶ人。 設計に合わせて必要な石を選ぶ人。。。

そうやって、石を積み重ねてから。。。

彫刻をする。

だから、彫刻に失敗は許されない!

そしてこの彫刻の、彫りの深いことには驚きです。・・・遺跡全般にいえることです

Img_7905 Img_7889 Img_7998 これなんか、すごく深く彫ってありますね! 

人物のまわりの波打つようなものは。。。

        。。。私はアカンサスの葉だと思いました

           アカンサスの葉はエジプトの棺からも発見されているし

           ギリシャ神殿の柱の飾りにも彫られているから

           ヨーロッパから影響を受けているとしか思えないです~~

  違うかもしれないけれど、勝手にこんな想像をするのは楽しいですね!

  そして日本まで伝わって・・唐草文様になった・・・なんてことは無いかな?

しばし、空想の世界に遊びました。

2011年1月 6日 (木)

カンボジア・その5

Img_7799 日本からカンボジアへの直行便がありません。

ベトナムのハノイやホーチミンで乗り継いで行かなければならないのですが

近い将来(今年3月とか?)直行便が飛ぶようになるそうです。

上の写真が、シェムリアップ空港の建物です。

これを見た途端、あ~~ アジアだな~ って、変に感激しましたhappy01

亜熱帯の植物が茂って、花も咲いてて。。。

夕刻でしたから汗が噴き出るような暑さではありません。

タラップを降りたら建物まで歩いて行くっていうのも

ローカルですね~

後で聞いたところによれば、世界遺産の中なので

大きい建物は建てられないということでした。

Img_7800 翌日は早朝の出発で、いよいよ観光のはじまりです!

その前に、大事なことがあります。↓

Img_7830 世界遺産の地域に入る度に提示する、証明書をつくります。

ちゃんと顔写真入りですよ。まだ夜が明けないうちからやっていますね。

続々と観光客がやってきますが、5分ほどで出来るんですね~

何所へ行くにもこれと顔のチェック!!

Img_7839

アンコールワットですよ!  日の出を待っています。

Img_7847 随分明るくなりましたね。

春分、秋分の日にはアンコールワットの建物の後ろから日が昇るそうですが

この日は、ずっと右に離れた場所からでした。

Img_7850 こんな感じで。。。

そして、後ろを振りむいてみると。。。

Img_7841 ほらほら!  大勢の人達が日の出を待っていましたね!

Img_7852  アンコールワットをぐるっと取り囲んでいる堀には

赤い睡蓮が花を開いています。

何所へ行っても、この色の睡蓮がほとんどで、わずかにピンクが見られただけでした。

Img_7853 堀にかかった橋の欄干、その最後の(最初の)部分が

この左なんですが。。。 「これ、何かしら?」

  。。。七つの頭をもつコブラ。。。だそうです。

Img_7854

壊れているし。。。急いでいたから後ろ側からの写真になってしまいましたが

何所へ行っても、このコブラ。。。出てきましたよ~

なんたって、守り神なんですから。

日の出を見た後は、一旦ホテルにもどって朝食。

    観光は又その後で。。。

2011年1月 5日 (水)

カンボジア・その4

物売りの子供たち・・・私達の行く先々に待っています。

「きれいだよ!」「おねえさん、かいませんか?」 。。。 。。。

旅行の前の説明会では

      「ノー」も云わないで・・・無視してください。

って、云われていました。

無視するって、辛いことですね!

絵葉書なんかは、土産物屋で買うより安いんじゃないかと思ったりしたの。

でも、  でも 。。。

一人から買えば、他の子達も買ってほしいと思うよね~

ここが辛いところ。。。

ちょっと気をゆるして 。。。 「いくら?」 「ハウマッチ?」

なんて訊いたら、 

逆に子供から訊かれるんですね!

         「おねえさん、いくらほしいの?」  な~んてね

 商売上手です!

Img_7856               この人は子供とはいえないね

Img_7857 写真には撮れなかったんだけど、そうね~7~8歳位の子供が多かったかな~

学校は?  どうなってるの?  って。。。

子供が多くて、学校は少ないから、2部制だったり3部制だったりということです。

だから、午前中も午後からも小学生位の子供が物売りをしているわけね!

一家に子供が6~7人もいるんだって!

小学校6年、中学3年、高校3年・・・これが義務教育で

   中学からは英語とフランス語の勉強があるって。

この国では英語や他の外国語が話せないと・・・仕事がないっていうことです。

大学は2年、4年とあり、これは何歳になってからでも入れるそうです。

それに大学だけど、夜間のクラスや土日のクラスもあって、

主に公務員の人が通っているそうです。

今は学校としての建物も整っていて、制服姿の子供たちを見かけました。

私達のガイドをしてくれた ソッターさん(32歳男性)の行った学校は

マンゴーの木の下に、黒板とテーブルがあるだけだったそうで、

雨の降る日は、近所にある家の高床式の、その床の下に移動したって云ってました。

そう、この辺りの田舎の家はみんな高床式なんですね。

Img_7986 Img_8136 Img_8137 Img_8139 Img_7974 暑い国だから、高床式だと涼しい。。。勿論そうですね~

でも他にも理由があって・・・

雨季には水に浸かってしまう地域もあるし

マムシやコブラがいるし。。。森の中には 虎 も居るんだそうです!

だから民家は、森の中で肩を寄せ合うようにしているのです。

道端では、土産になるような↑物を売っていたり

水をはじめ飲み物や、食べ物を売っていたり(街角の食堂とでもいえばいいのかな?)

とにかく、どの家でも何か商売をしている感じでしたよ。

日本でも昔はどの家にでもあった 縁台・・・ありましたよね~

あの縁台を広く大きくして、そこでおしゃべりしたり。。。

寝転がったりしながら、店番をしています。

            *

この旅行に出かける時に

何か読む本!  。。。 前もって準備していなくて

本棚にある文庫本を押し込んで行ったんです。

それが 三浦綾子著 「母」 だったの。

いつの頃か、クリスチャンの三浦綾子の本に魅せられた時があったから

その頃に買ったんだと思うけれど、記憶がとんでる!

内容が思い出せないのです。

読みかけて辞めてしまったみたいでね~

と云うのは、小林多喜二と云う人のことを私は近年になるまで

知らなかったから。。。

「母」は、小林多喜二の母のことで

小林セキさんと云う方なんだけど、セキさんが

家族のことを思い出話として、語ってくれている。。。の本です。

だから、多喜二のことを知らないと、ちっとも面白くなかったんですね。

  ・・・ 説明が長くなったけど、

飛行機でこの本を読みはじめたら、

セキさんの育った家は貧しくて。。。

お母さんがうどんを打って、道行く人に食べさせてね~

わずかなお金だったけど、これが貴重な収入だった~

子供だった私も手伝いをしたり、母のいない時には商売をしたり・・・しました。

そんなことが書かれていたんです。

      セキさんは13歳で嫁ぎました。(17歳となっている個所もあるが・・)

私、カンボジアで世界遺産に通じる道沿いで

わずかな食べ物を売っているお店の様子と、

小林セキさんの育った(生きたと云ってもよい)時代とが

重なって見えたんですね~~

内戦後12年・・・日本の戦後も同様だったのかもしれないなあ~

そんな思いをしながら赤い土の道を、車に揺られていました。

Img_7870 Img_7871

2011年1月 4日 (火)

カンボジア・その3

カンボジアでは電気を周辺の国から買っています。

         これ、もしかしたらシェムリアップの話かもしれません

         シェムリアップは最後まで戦場だったそうです。

         だから、日ごとに街が出来あがっていっているのです。

でもホテルでは、日本のホテルにも劣らない設備が整っていて

何も不自由は感じません。

     ・・・玄関ではホテルマン(ドアボーイかな)が両手を合わせて

        迎えてくれたり、見送ってくれたりします。

ロビーに一歩はいると、レモングラスの香りが満ち

可愛い若い女性が奏でる、民族楽器がやさしさを醸し出していました。

     ・・・木琴のような楽器です。

そして、何となんと!

Img_7806クリスマスの飾りです。

日本では25日が過ぎると、クリスマス気分からお正月にむけて

気持ちががらっと変わっていますから、

この飾り付けには、少なからず違和感をおぼえます。

しかし、考えてみれば

ヨーロッパでは1月6日まではクリスマス飾りをするときいていますから

これも不思議ではないのでしょうね。 

       ・・・イエスの誕生が世に知られたのが1月6日だということで。

このホテルに限らず、街の中どこにでもクリスマスツリーが見られました。

新年を迎えるという気分は、かけらも感じさせないのです。

訊けば、旧正月でもなくもっと遅いのだというのですが。。。?

                  *

庶民は電気のない暮らしだから、当然、冷蔵庫がないわけですね!

今の私の暮らしから冷蔵庫をなくしたら。。。??

日々の生活が成り立っていかない!  そう思いませんか?

毎日、買い物に行くのかと思いきや、そうではなくて

買い物は週に1~2度といいました。

農民は朝早くから仕事にでかけ(その方が涼しいから)

     ・・・3時間ぐらい歩いて行く人達もいるとか

夕方は、奥さんが先に帰って食事の支度をするのだそうですが

一体どのような食事なのでしょう?

肉を食べることは少ないってききました。

川魚を主に食べるそうで、

そう云えば、 池のような(水溜りをちょっと大きくした感じの)ところでは

子供達や、家族で魚を捕っている姿をよく見かけました。

ほら!  どじょうすくいの踊りでつかう・・・じょれんって云いましたっけ?

そんなようなものを使っていましたよ。

日本でも昨年辺りからスーパーに出回るようになった空芯菜(くうしんさい)

あれなんかは、まるで水草のように、はびこっていましたから

すぐ使えそうです。

     あ~あ~  それにしても、冷凍庫までとは云わないけれど

     冷蔵庫の無い暮らしには、もう戻れない!

マーケットを覗いてみましたが

肉が塊で、木の台の上にじかに置いてありました。

               写真を映す気になりませんでした。

               野菜はこんな感じです。

Img_8246 Img_8247

オールドマーケットには、あらゆるお土産品屋さんが数多く並んでいて

その奥の方に、地元の方たちが買い物をするお店がありました。

私達からみれば、安いと感じても、地元の庶民にとっては一体どうなんだろう?

旅行中にはそこまで気がまわっていなかった~

カンボジアにて・その2

シェムリアップという街に4泊しました。

街作りを急いでいるような様子が感じられます。

この街は世界遺産のアンコールワットやアンコールトムなどに近く

観光客を迎えるための街作りが急ピッチで進んでいます。

ホテルが次々建設中。Img_7964 これは私達が泊ったホテルの入り口ですが、

立派なホテルが並ぶように沢山建っています。

 ・・・ だから此処では土地の値段が急騰して

    1平米が10万位・・・ 円?  ドル?  ちょっとはっきりしないけれど

    ドルとしても0.8かけて、8万円・・・ 高すぎない?

私達のガイドさんも土地があるようで、この話の時には

思わず、笑みがこぼれていました~~happy01

急ピッチといっても、全てが手作業なんですね~

道路は舗装されているところが多いのですけれど、

まだ3年前に出来た道だとか、出来たばかりだとか云っていました。

バイクや車も無造作に走っているといった様子で

私達には、とてもここでの運転はできそうにありません。

Img_7884

それらは中古車がほとんどのようです。

しかし軽自動車はありません。 

       ・・・ 日本車もありますけれど、

          故障した時の部品が手に入りにくいそうです。 

大きい車でないと家族が一度に乗れないから。。。。

車はまだ、一家に一台で、家族が(子供が)多いから大きい車が必要。

ひどい場合は1台の車に10人程も乗るのだということです。

バイクもしかり・・・・5人くらい平気で乗っています。

バイクは運転さえできれば年齢制限などはないようなことを云ってましたが?

     。。。。ガイドさんの話すところによれば

        この国は賄賂がまかり通る国なのだと、何度もそう云っていました。

             *

でも、内戦が終わって12年。。。まだまだ戦後です。

だからでしょうか? 

それとも同じアジアだからでしょうか?

ヨーロッパの国へ旅行するのとは異なって

何か、ほっと力を抜いて

ありのままの姿で溶け込める。。。そんな感じをもちました。

私達世代の者にとっては

子供の頃の思い出につながる風景がひろがっています。

「昔、あんなことしてたよね~!」 「あったあった!」  と、

懐かしさがひろがるのです。

             *

バイクの人力車みたいな乗り物が沢山走っています。

Img_7885 トクトク? ドクトク?

  ガイドさんに訪ねても微妙な発音が真似できません。

  だから、ドクトクと勝手に呼びました。これで通じるようです。

市内を外れると舗装道路じゃなく、赤くて細かい土の道になり

土埃が凄いので、ドクトクに乗っている人達の多くが

民芸調の襟巻を顔にまきつけて、埃よけにしています。

Img_7967

            *

田舎の地元の人達は荷車ですね。

これは大抵は耕運機みたいなものでひいていて、

荷物を積んだ上に、奥さんが子供をだいて乗っていたりします。

            *

稲刈りの時期でした。

Img_7975 上の写真に稲刈りをしている人が一人写っているのですが

よく判りませんね~

このように稲刈りと云っても、一人や二人でしている姿をちょこちょこ見かけました。

一度だけ、大勢(10人余)でしているところがありましたが、

これはアルバイトを頼んでしているんのだということです。

日本の田圃とは、見た目もまったくちがいます。

体を二つ折りにして。。。

株元からじゃなく、刈り取った後が30~40cmもあるようにみえます。

カンボジアのお米は、長粒米といっていいのかどうか。。。

長さは日本の米くらいなのですが、細いです。

そして、いわゆるタイ米のような香りがあって。。。

    私は、苦手と云えば苦手なのですが、

カンボジアのお料理にはあっていると思います。

ピラフとかは美味しかったですよ。

米の出荷は、大きな袋をバイクの荷台に2袋そして足元に一袋のせて

近くの集荷場所へと急いでいます。

集荷場所からはトラックに山積みにして。。。

タイの方へも運ぶようです。

カンボジアの米は美味しいということですよ。

2011年1月 2日 (日)

初日の出

Img_8231

          初日の出です

手前に角みたいなものが見えて、何だか面白いでしょ!

Img_8234

完全に太陽がのぼりました~

実はカンボジア、シェムリアップのホテルから撮ったものです。

ホテルの非常階段にある窓のガラス越しですが、

寺院の屋根に乗っかるような初日の出でした。

屋根の左手に2つ、丸いものがみえますね。

これはサトウヤシの木・・・パームツリー

カンボジアを代表する木だと、ガイドさんに教えてもらいました。

今朝、帰国したばかりです。。。。

昨日、今日と二夜続きで、アンコールワットの番組があったようですね(BS)

昨夜のを見ることは出来なかったけれど、

今夜の番組は録画もしながら、見ました~~。

行ったところ、行かなかったところありましたが、復習になりました。

電気は周りの国からきている。。。

水は買って(ペットボトル)飲む・・・川や池の水を飲料水にする人もいる

裸足の人も沢山みかけました。

そんな貧しい国ですが、

物乞いをする人は見かけませんでした。

その代り、小さい子供達も巧みに日本語をつかって

  絵葉書、Tシャツ、民芸風の襟巻、ガイドブック。。。。等々

売りにきます。 定価は何所にも、付いていません(マーケットでも)

どこでも、アメリカドルが普通に使えます。

稲刈りをしているところもありました・・・ いわゆるタイ米と同じようなお米です。

また何度かに分けてUPしたいと思います。

2011年1月 1日 (土)

今年もどうぞよろしく

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     新年のご挨拶を申し上げます。

皆さまにおかれましては、本年が輝きのある幸せな一年でありますよう、

           心よりお祈りいたします。

今年も昨年同様、お付き合いいただけますよう宜しくお願いいたします。

   合わせて、世界が平和にむかいますことを。。。

             2011年 元旦

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