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2010年12月

2010年12月28日 (火)

家紋 ・ その2

以前、私の実家の家紋のことを書きました。

今度は夫の家・・・という言い方は変ですね。

嫁ぎ先の、今の私の家の家紋です。

昨日のブログに書いた 映画・武士の家計簿 を観ているときでした。

スクリーンに映った武士の背中に!

我が家の家紋と同じ紋を見たのです!

隣の夫をつっついて。。。。

  「同じ家紋ね!」

家に帰ってネット検索

長州藩の大村益次郎(映画で出て来た人です)

児島藩の松平信敏氏、掛川藩の太田資美氏の家紋でもある。

           と出てきました。

       チョッとワクワクした時間でした。

2010年12月27日 (月)

映画 ・ 武士の家計簿

映画を観に行ってきました。

 ≪武士の家計簿≫ です。

あらすじは、ここで書くまでもないと思いますけれど

代々、そろばんで藩にお仕えしてきた家柄。

息子の元服の祝いをしなければいけない時になって

我が家に多額の借金があることが判明し、

祝い膳に鯛を付けることができなくて苦肉の策。。。

絵に描いた睨み鯛をつける。

はじめは一同、「これは一体どうしたことか?」と訝る

。。。やがて 子供の声 「鯛じゃ! たいじゃ!」。。。

 大人の声も混ざって。。。鯛じゃ 鯛じゃ ! 。。。

それから、家じゅうの家財他、売れるものは

最低限をのこして、あとはきれいさっぱり。。。売り払う。

   ・・・ これぞ正しく 断 捨 離 です。

祝いの夜も 父はそろばんをはじく。

    祖父が・・亡くなった夜も そろばんをはじく。。。

人がうらやむようだった弁当は・・・

  握り飯と漬物にかわり・・・弁当箱もなく・・竹の皮に包まれている。

しかし、この家の人達は立派でした。

貧しさを恥とせず、見栄をを張ることも無く

堂々と暮らしていくのです。

          *

この映画にはモデルがあって、家計簿も残されているのだそうです。

私も長年、家計簿に支えられて暮らしてきました。

結婚後、数年経った頃に ある知人から家計簿を付ける講習会に

お誘いをうけたのですが。。。

その時の私は。。。別に無駄遣いはしていないし~~。。。と

その会には行かなかったのですが、

また数年たって

家計簿をつけはじめてみると、無駄遣いはしていないつもりが

結構使っているじゃないですか!

次第に教育費をはじめ、徐々に大きいお金も動いたり

家計簿に相談しながらの暮らしになっていきました。

二人暮しになった今、

その家計簿も・・・なかなかhappy02です。

以前は1年の予算もあって、差し引きしていたのに

・・・予算は消えてしまい

   月々の決算も一月ほど遅れてしまって

   落ちこぼれになりそう・・・

   辛うじて・・・主婦らしさを保って(?)います。

映画で、葬儀の夜にもそろばんをはじいていたけれど

家計簿って、その日に記帳というのが一番大事なんですよね!

  唯、今はレシートがあるので少々遅れても大丈夫ですけれど・・・

レシートのない出費は要注意。

年末、年始も気がゆるむから注意しないといけないです!

2010年12月25日 (土)

クリスマスケーキです

Img_7776 クリスマスケーキを作りました。

実は今年、初めて頼まれまして・・・初めてのことなのですが

ここのところ、クリスマスケーキとも縁がなかったので

久しぶりにケーキ作りを楽しめました。

子供さんや、お孫さんとご一緒に食べるということだったので

21cmの大きいケーキをつくりました。

Img_7777_2 飾り付けは

ごくシンプルにして・・・ あとは星型のクッキーを焼いたので、

クッキーとか市販の飾りを少しセットして、

飾りつけを楽しんでもらえるようにしました。

美味しいといいなあ~~ 

Img_7778

2010年12月21日 (火)

映画・手紙

テレビBSで、映画を見ました。

≪ 手紙 ≫

娘が良かった。。。と、夫に言ったらしいのです。

娘は本を読んで、そう感じたようでした。

しかし、夫は。。。「娘があらすじを最後まで話してくれたから・・」

と、自分は見なかったので

私、一人でじっくりと見ました。

   。。。実は、前に見たようだな~ と思ったのですけれど

      あまり覚えていなかったのです(情けないです~)

           *

両親を亡くした兄と弟のナオ、その二人を中心にして話が展開してゆきます。

ナオは成績抜群なので、この弟を大学に進学させたいと、

兄は働くのですが、腰を痛めて思うように仕事ができなくなり

魔がさしたとでも云うのでしょうか?

兄は強盗殺人犯となって、無期懲役の刑に服します。

その兄を気遣いながら書く手紙。

手紙の届くことだけが喜び。。。とも言える兄。

二人の往復書簡が続く。。。

しかし、殺人犯の家族に世間の目はあまりにも非情でした。

アパートを・・・仕事を・・・ 転々と変わります。

中学時代から仲の良かった友達とコンビを組んで

お笑いの世界で一流になることが夢でした。

名が知られ、売れるようになってきました。

しかし、兄弟はいないと、嘘をついていたのに

どこからか、それが暴かれ。。。

ナオは相方を残して、一人去ってゆきます。

その頃から、兄への手紙は出さなくなりました。

あの兄の為に、自分はどこまで苦労をさせられるのか!!

怒りがこみ上げました。

仕事を失い、彼女も失ってしまったのですから。。。

やっと得た仕事も配置転換と云う名のもとに、飛ばされてしまいました。

昔から一方的に、ナオの世話をやいていた女性が、

その会社の会長に抗議の手紙をだし。。。彼女が手紙を出したんだと察したナオは

彼女のアパートへ向かう。

そこで、彼女がナオに代わって兄に手紙を出していたことを知ります。

パソコンで打って。。。

兄からの返事も彼女のところへ届いていました。

            *

やがて二人は結婚し、可愛い娘もできました。

ところが、又しても。。。追っかけて来たのです!

殺人犯の家族!!

娘が公園へ遊びに出ると、それまでいた人達が

潮が引くように・・・ さ~っと 去ってしまいます。

それを知ったナオは、 兄に 久しぶりでもあり、又それが最後となる手紙を書きます。

兄の存在が、どんなに自分や家族を苦しめてきたか。。。

悪いけれど、自分は兄を捨てることに決めたから、

二度と手紙を書かないでほしい。。。。と。

             *

ナオは被害者の家に出向いて行きました。

改めて詫びを言いに。。。

でも、手土産も受け取ってはもらえず・・・

せめてお焼香をと云えば、

「君に焼香をしてもらうような義理はない」と、それも断られる。

奥から 手紙の束をもってきてナオに見せるのです。

これは君のお兄さんから、毎月送られてきた詫び状だと。

「こんな手紙は、迷惑以外の何ものでもないが・・・」

「最近解った事がある。この手紙はお兄さんにとっては写経だったのだと。」

そして、だまって差し出された1通の手紙。。。

受け取って読みました。

「自分は刑務所で、罪を償っているつもりだったが、

 弟からの手紙で、自分の存在が皆をどんなに苦しめていたかを知り、

 何も償いになっていなかったことを知らされた。。。。」

  ・・・ そんな内容の手紙でした。

ナオの目に涙が溢れてきました。

その人が言いました。「これで終りにしよう。。。」

              *

コンビを組んでいた、あの友人の誘いで、

一度だけコンビ復活をして、刑務所へ慰問にいきます。

大勢の受刑者たちが、笑ってくれています。

兄が目に入りました!

笑っている人の中で、

兄は拝むように・・・詫びるように・・・

両の手を合わせ・・・

涙を・・・鼻水を垂らしながら・・・

泣いているのが見えます。

ナオの目にも涙が・・・こみあげ

声が詰まります。。。

   。。。 そのころ 塀の外で待っている奥さんと娘は

  砂場で一緒に遊ぼうとしたら、

  皆が他へ行ってしまって。。。娘はここでも一人ぼっちです。

やり場のない憤りをかんじつつ、奥さんは娘のそばへ行こうと

腰をあげかけると。。。

さっきの子供たちが戻ってきて。。。

娘も仲間に入って遊びはじめました。。。。

 それまで固まっていた体がほぐれていくように。。。ほっと

 嬉しさがこみ上げてくるのでした。

           *

手紙・・・  中学1年で寮に入った私(達)に、学校では一日一信といって、

遠く離れた両親にあてて手紙(ハガキでも)を毎日書くことをすすめました。

電話も、余程急用でもない限りかけにくい時代でしたから、

8年の間に、私は一度も電話をかけたことはありませんでした。

だから、手紙で自分の日々の様子を両親に知らせ、

親からの返事が届くことが、どんなに嬉しかったことでしょう!

あの気持ちは、今の人には理解できないと思います。

口では言いにくいことも手紙でなら伝えられたりしました。

           *

時代が変わって、今は携帯メールだったり

PCメールだったりしますね~

あの手紙の文化は消えてなくなってしまうのでしょうか?

ちょっと淋しいですね。

私がブログでなんやかや。。。書くことの多くは

誰かにむかっての手紙を書いている感覚なのです。

実際の手紙は、本当に書かなくなってしまいましたが、

相手のことを思い浮かべながら書く手紙。。。

出来れば手書きで、文字からその人らしさが伝わってくる手紙

頂けたら、どんなに嬉しいでしょう!

そんな古き良き時代があったことを思い出しました。

映画・手紙は重い課題を突き付けてきました。

    ・・・ 理不尽な差別をしている ・・・

深く考えることもしないで知らない内にも差別をしていることもありそうです。

             ・・・ これは罪だと思います

その立場に立たされた人の憤りに、胸がガクガク震えました。

2010年12月20日 (月)

断捨離

NHK.クローズアップ現代の番組が流れていて

ゴミの山(の様に見える)になっている部屋を、一念発起して片付ける・・・?

そんな様子が目に留まり、その番組を途中からでしたが見たのです。

その時に「断捨離(だんしゃり)」と云っていました。

。。。なんだろう?   断捨離・・・?

私、はじめて耳にする言葉だったのです。

物を片付ける。 それだけじゃなくて、

物が(ごみになるもの)増えないように、

     街角で配っているようなものを貰わない。断る

使わない物(不用品を)を捨てる。

物への愛着心から離れる。

   ・・・ 確か、そういうことを表している言葉で、

部屋を単に片付けるというより、もっと強い意志で・・

            ・・・・捨て去る・・・かな?

 。。。。と、 このように受け止めたのですが。。。。

断捨離・・・ 一種のブームになっているように受け止めました。

私も、そろそろ・・・この精神でしなきゃいけないかな?

そんな思いをかすかに感じたのでした。

そこで・・・というほどのものではないのですけれど、

昨日は長年そのままだった棚の片付けをしたのです。

    それが↓の棚。

Img_7702 子育てが一段落したころ、ケーキの教室へ通い始めました。

食べるケーキの教室とあわせて、

飾るケーキ(シュガーケーキ)の講座も受けはじめたのです。

シュガーケーキはその頃・・・1997年からですが

2日がかりで、1個のケーキを仕上げました。

10年以上の時が経ち、随分傷んできました。

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これらは特にひどい状態で、限界を超えています。

後の物も、棚から全部とりだして

いつ捨てるときがきても良いように、カメラに収めました。

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  ・・・ きりが無いですから、止めにしますけれどこんな感じです。

やはりCDを聴きながら・・・今日はサラ・ブライトマンです。

10年余り前のあの頃を思い出しながら・・・

断捨離とまではいかなかったけれど、

気になっていた棚と、気持ちがすっきりしました。

2010年12月19日 (日)

クリスマス会が終わりました

昨日18日、一足早いサロンのクリスマス会がおわりました。

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盛会でした~~shine 皆さま喜びの顔をして帰っていかれ、

片付けが終わると、夕食の時間を待たずに・・・

疲れがどっどど~~sweat01 shock と 押し寄せてきた!

そうだ、そうだっだなぁ~

昨夜は睡眠時間が、私にとっては随分短かったもんな~

これは、夜中になってケーキを作ったからなんですけれど・・・

準備はしてあったので、もっと手際よくできる予定だったのに・・・

やはり夜中というのは、よくなかった!

頭が鈍って・・・  ミスshock

しかし、気付いた時にはもう後の始末!!

バターをホイップして、カスタードと合わせるところで・・・

ホイップしながら、次のスポンジにとりかかる。

あれっ? スポンジに使う砂糖がない?

・・・ここで、気が付く!!

えっ・・・もしかしたら?

頭から血がひく。。。って、こう云うことじゃない?

バターに入れてしまった!!

     ・・・バターには砂糖は不要だったのに・・

どうする?  どうするのよ!! 

     ・・・ もう一人の自分が攻め立てる・・

どうするって云われてもねぇ~

やり直すしかない!!

     ・・・幸いバターは予備があったから~~

こんなドジなことをやるようじゃ

この先、続けていけなくなるぞ!!

    ・・・また別の自分がささやく・・・

でも、どうにか  どうにか・・・

出来あがりました。

皆さま 「美味しい!」 て、言ってくださって

やれやれ~~ 

と、誰も見ていない舞台裏では、こんな格闘があったのです(トホホ                                                 

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Yさんがギターの演奏をして下さいました。

フラメンコギターっていうのでしょうか? 楽器をバンバンと叩いたり。

歌もうたいながら。。

初めて聴くそれに、皆さんうっとり~~ 聴き惚れてheart04

いつか、アルコールでもいただきながら

演奏を聴く・・・そんな会もしたいな~っとwine

次へつなぐ望みが湧いてきましたよ!

クリスマスソングを歌うことも、大きな喜びでしたし

ゲームは童心に返る時間でした。

K先生、お世話になりました・・・毎度のことですけれど

そして、参加下さった方々、有難うございました。

この方たちがいてくださるから・・・

だから、成り立っている会ですものねshinenotesheart04xmasshine

  ・・・・それにしても、あ~あ疲れたなあ~

  メリークリスマス・・・ Z Z Z Z Z ・・ Z Z Z ・ ・

2010年12月17日 (金)

クリスマス会の準備です

クリスマスが近づいてきましたね~xmas

でも、クリスチャンでもなければ、

子供も独立して二人だけになった、我が家では

クリスマスが次第に遠のいた存在になってきました。

これは私にとって、残念であり淋しさを感じさせていたのです。

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街は年々クリスマスの飾りが

大きく、綺麗になってきています。

我が家の飾りつけは

年々、簡単に・・・

しかし、昨年からクリスマス会が

始まったのですよ!

それは、ブログでも時々書いている サロン と名付けた

月1度の、歌を歌ったりCD鑑賞をしたり

年に1~2度くらいは、生の演奏を聴いたりする会なのですが

このサロンをはじめて1年余り。

12月は普段のスタイルを少し変更して

クリスマス会・・・となります。

ワンコイン会費のほかに、やはりワンコイン相当のプレゼントを持ちよります。

クリスマスソングを歌い、ゲームを楽しみ

サンタさんからプレゼントを頂く。

ティータイムには私が作ったケーキをだします。

前置きが長くなりましたが、昨日は星型のクッキー作りと

プレゼントの用意present

それとゲームで勝ち残った人に渡す、形だけの賞品を用意しました。

今日は、いよいよケーキを作らないといけません。

クリスマスらしく。。。xmas

昨年と同じになるけれど、ブッシュドノエルにしましょうかbirthday

クリスマスの薪です。

皆で楽しむこんなクリスマス・・・これは又

形をかえて私を元気にしてくれるクリスマスです。

夫と二人で力を合わせ・・・

手探りで始まった会

勿論中心になって指導もして下さる方があってできているのですが。

いわば私達のボランティアかな?

いえ、長年この地で仕事をさせていただいたお礼のようなかんじでしょうか?

地域の人達といっしょに、少しでも元気をだしたり

元気をもらったり。。。そんな会です。

キッチンで仕事しながらのCDを楽しみましょう。

逆かな?CDを聴きながらケーキ作り。。。かもしれないな?

マヘリア・ジャクソンのCDを今日は聴きたい気分です。

2010年12月15日 (水)

私の大事な物・・・手帳

年賀状が気になります。

それと共に手帳も、来年のスケジュールを書きこまないといけないから

最近は2冊持ち歩いたりも しているのです。

            *

昨日のブログに載せたクリスマスツリーは、大阪駅周辺で撮ったものです。

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その辺りに、外せない用事があったものですから

一人、高速バスで大阪に向かいました。用事は午後からだったので

岡山駅から大坂駅桜橋口まで3時間。乗客12人くらいでしたか。。。?

高速バスはこれまでにも数回、利用しています。

静かなのがとても気に入っています。・・・ほとんどの人が眠っているみたい。

列車のようにアナウンスがない。・・・止まらないから

年齢的に言えば、当然若い人が多いですね。

そう云う人は、今時のスタイル? イヤホンを両耳につけて。。。

何を聴いているのでしょうねえ~

音楽?   。。。 語学の勉強している人もいるでしょうね~

私も使ってみたいけど・・・パソコンから・・・どうとかして?

この、どうとかする。 というところで、気持ちがシャッターを下ろすのですsweat01

。。。というわけで、バスの中では 

風景を楽しむ。。。  えぇ えぇ・・・山の色どりが美しかったですね!

Img_7601 Img_7609

あっ・・・ 事故の目撃もしました!

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           怖いですね!   気をつけましょう! 

本を読む。。。持っていましたが、わずか数ページしか読まなかった。

私、いつも持ち歩いている物があるのです。

この春ごろでしたか、友人からプレゼントしてもらった手帳・・って云えるかな?

これなんですが ↓

Img_7629_2 新潮文庫がだしている

  「マイブック」

文庫本と全くおなじで、

文庫本の棚に並んで売られています。

中には 日付と曜日だけが書かれていて後は白紙ですよ。

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 カバーをはずせば・・・ほら、

 見慣れた文庫本でしょ!

 プレゼントしてくれた彼女は、

 「デッサンするのに良いわ!」 って話していました。

人物を練習(スケッチ)したいんだけど、スケッチブック広げて描いたら、

あれっ! 自分のこと描いてる? ・・・ と嫌がられたり

あっ、 スケッチしてる!  ・・・ と、覗かれたりしますよね~

これだったら、本読んでるかナ?  メモしてるのかな?

って、そういう感じでしょ。。。だから使いやすい。

私、使いはじめてみると、とても書きやすくて、離せなくなってしまいました。

ブログネタになりそうなこととか・・・

スケジュール・・・    家計簿がわりにもなっていたり・・・

喫茶店で開いた雑誌に、気になるページがあったりしたら書き写す・・・

写真を写せない場所でのメモがわり・・・

   。。。。。 こんなことに使っているのです。 

             *

バスのなかで、これを開きパラパラ・・・

ほとんどが、メモがわりですから   殴り書き!

汚い字で、 それも ひらがなばかり多くて。。。happy02

でも、私には、どのページからも

その時々のことを思い出すのに十分な役目を果たしてくれるのです。

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毎日持ち歩いていますから

こんなに古びたかんじになっています。

この1年を振り返ってみる時間になりました。

沢山のことがありました。

嬉しいことが盛りだくさんだった一年に、感謝ですshine

本当は自分のためだけのものなのですが

              ちょっとだけ、載せてみます

Img_7632_2 Img_7633_2

     音楽会で                 東京駅で 

Img_7634 Img_7636

   青森駅で                 大迫の神楽

Img_7637 Img_7638

  久保陽子さん                喫茶店で       

            *

用事を済ませて、帰りは新幹線にしました。

ふと、外をみると 飛行機が 。。。

まるで新幹線と並んで飛んでいるようにみえました。

伊丹に降りるところだったのでしょうね~~

Img_7627 Img_7628

一人で出掛けると、食事に困ります。

お昼を食べそこなって。。。 お腹ぺこぺこ。。。

お弁当を買い、新幹線のなかでかき込みましたsmile

2010年12月14日 (火)

家紋のこと

月2回の朗読教室に通い始めて数年。   Img_7619

ちっとも上達したという実感がもてない・・・

先月も雑用に追われて欠席し、

そのまま練習もしないで。。。

教室前日となってしまった!!  あ~あ大変sweat01sweat01

お尻に火がついて。。。

やっと、新しい教材に目を通す。 やっとshock

。。。。。最後のページになるところで、

えっ!!  そうなのsign03  そうだったのsign02

。。。これ、何だと思います?

Img_7624

私の実家の家紋のいわれが。。。。そこに書かれていたのです。

ちょっと、  いえいえ、とっても驚きでした。

その家紋とは・・・みつすはま・・・と云うのですけれど

すはま、州浜、ってお分かりでしょうか?

丸い団子を三個、山形につなげたような形をしています。

これが三個あって、みつすはま(三州浜)という家紋です。Img_7621

杉本苑子さんの 「冬の蝉」 の最後近くにそのことが

書いてあるのです。

ここでは、山田家の家紋・・・となっていますが、

山田家の場合は大坂夏の陣のさい、手柄を立てた先祖に、

二代将軍、お手ずから、高坏の菓子を三個つかんで賜った。

その菓子の名のすはまにちなんで、三州浜という珍しい紋である。

父が「三州浜とは、こういう形をしているんだ。。。」 と、

紙に絵をかいて教えてくれた時のことをありありと思い出します。

その前後の様子などはすっかり記憶から抜け落ちているけれど、

その部分だけが鮮明です。

父は大きな体に似合わず、 繊細な絵を・・・字を・・書きました。

その時の、たしか鉛筆の線も細かったように思います。

今なら、PCで検索すればたちどころに絵も説明もでてきますよね!

Img_7626

私、その 冬の蝉 の文を読んで、すぐ

検索してみたんです。

出てきました!    

でも実家のような形ばかりではないことが判りました。

州浜を三個、お月見団子のように重ねたものや、

他にも違った形の三州浜紋がありました。

これまで、調べようとも、不思議とも。。。思っていなかったのに

突然、目の前に。。。向こうからやってきたのです。

早速、兄にFAXで知らせておきました~~。

そして、今日

冬の蝉 全文を、コピーして送りました。(短編なので)Img_7623

ついでなので、私の女紋は 藤環にキキョウです。

これは、先ほどの兄の、仲人の奥様。。。

この方の紋が同じだったのですよ!

やはり同じ地域の出・・・のようでした。

面白いですね!

Img_7611 

街のクリスマスツリーを拾ってきました。

この季節、街が華やかでいいですね~

2010年12月10日 (金)

また・・佐野洋子さん

佐野洋子さんが亡くなられて早くも1カ月余りが経ちました。

         11月5日、乳がんのため72歳でお亡くなりになりました。

1977年に出版されて以来99刷を重ね、178万部のロングセラーとなったとは、

彼女の亡くなった後に新聞で知ったことですが・・・

そのロングセラーとなった絵本とは、勿論

「100万回生きたねこ」  です。

そして私は 佐野洋子さんの本では、

恥ずかしいけれど、この絵本しか知らなかったのです。

でも、11月も下旬だったでしょうか?

丸善で、ど~んと平積みしてある彼女の本が目に入りました。

追悼 佐野洋子さん ・・・と書いた帯がかかっています。

Img_7402

この1冊を買ってきました。

読みました!

お母様と長女、洋子さんとの確執が

飾らないストレートな言葉で書かれています。

4歳の頃、つなごうとした手をふりはらわれた時から、母と私のきつい関係がはじまった。

終戦後、五人の子を抱えて中国から引き揚げ、その後三人の子を亡くした母。

父の死後、女手一つで家を建て、子供を大学までやったたくましい母。それでも私は母が嫌いだった。やがて老いた母に呆けのきざしが・・・・。

母を愛せなかった自責、母を見捨てた罪悪感、そして訪れたゆるしを見つめる物語。

                          裏表紙に書かれたことばより

初めて本をひらいて・・・声をだして読み始めたのです。

私、読みながら泣き、涙声のまま笑いもしました。

お母さんを見捨てたというのは、施設へ入れたからなんですが、

そこでの母さんは呆けが進み、彼女が見舞った今日は

入れ歯を失くした口だけをもぐもぐしながら眠っているだけ。

・・・・こんなところが書きはじめの部分です・・・

帰った方がいいかと思ったが、母さんのベッドにもぐり込んだ。

そして思いだしたんです。 洋子さんは

私は母さんがこんなに呆けてしまうまで、手にさわった事がない。

四歳位の時、手をつなごうと思って母さんの手に入れた瞬間、

チッと舌打ちして私の手をふりはらった。

私はその時、二度と手をつながないと決心した。

その時から私と母さんのきつい関係が始まった。

でも今は(母さんが呆けてから)母さんのベッドにもぐり込んで並んで寝ることも

手をさわることもできるのです。

 これが、ほとんど狂暴とさえ云えるふり払い方をした手か。

太かった腕も棒のようで棒に皮がひっついていて、それも皮というよりしわで、しわにくっついて青い静脈が走っていた。 

かわいそうな母さん。

涙がたれて来た。そして思い出した。

彼女、洋子さんは、家に帰る車の中で泣き、ベッドにもぐり込んで泣いていたけれど、

泣きながらサクラさんに電話をする。

「あんたどーしたの」

「今母さんのとこからかえって来たんだけどー、私ひどいことしたんだよー」

「何よ」

「母さん嘘つきだったの」

「どんな」

「あのね、サッチーみたいに学歴詐称したの」

「アハハそんなのどうってことないことじゃない」

「でも私やだったんだよ、ずっと。口すぼめてさ、府立第二でございますって、本当は私立の女学校なの。云ってもはずかしい学校じゃないのに。そんで、住んでるところも、本当は牛込柳町なのに、初めは牛込ですってだけ云って、どんどんエスカレートして、次は四谷でございますで、終りのころは麹町ですになったのヨウ」

「アハハ・・・・」

「そんで子供の時、母さん嘘ついたって云ったら、この子は嫌な子だ、嘘も方便ってことなぜわかんないのって、ひっぱたかれたんだよ」

「フーン・・・」

「父さんにそっくりだって」

洋子さんはお父さんっ子だったのですね!

でもその父さんは、洋子さんが19歳のときに50歳で亡くなったのね。

家の写真帳に、モダンガールの母さんの写真が何枚もあった。

もうセピア色に変わっている時の流れが大正ロマンの色である。

間違いなく母さんはモガであった。・・・・・

・・・・子供の頃化粧する母が面白くてたまんなかった。

最後に口紅をつけて口をむすんで「ムッパッ」とすると別人の母が仕上がるのだ。・・・・

子供に対しても妥協をしなかった、とてもきびしいお母さんだったようです。

そして、「ありがとう」も「ごめんなさい」も決して口にしなかった母さんが・・・

呆けはじめて・・・施設に入って・・・

その後は職員さんたちに「ありがとう」「ありがとう」。。。。って

この言葉は生れ出る時に一生に使う分を袋につめて持っていて、

それをこの時に使っているのだと思えた。。。そんなように書いてあります。

凄い。。。すご~い。。。母と娘の関係でした。

でも何故か読み終わったときに、

爽やか・・・っていうのかな~

私なんかよりずっとずっと、、、

母子の関係が濃密だったんじゃないの? って感じたのはなぜでしょう?

佐野洋子さんの次の本を買ってきて読み始めています。

ちょっと、はまった感じ??

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        緩和ケア病棟もクリスマスの飾りつけになりました。

2010年12月 9日 (木)

映画 レオニー

すこし前のことになりましたが、最近見た映画です。

レオニー  天才を育てた女性のお話

  天才とは?   彫刻家 イサム・ノグチ

  女性は?    イサムの母、レオニー・ギルモア

レオニー・ギルモアの波乱に満ちた生涯を描いた映画です。

イサムの父親役   中村獅童

監督          松井久子

詳しいことは↓こちらからどうぞ。予告編・動画も見られます。

http://www.leoniethemovie.com/

あの時代(100年前)の日本で、日本語の全く分からない女性が幼い息子をかかえて生きて行いくことがどんなに困難であったかは、想像に難くない。

その状況下で、毅然と自分らしく生き、息子を育てた。。。その生涯に

圧倒されるものがありました。

イサム・ノグチの名は案外身近に感じていました。

それは、イサム・ノグチ庭園美術館が香川県にあるからかもしれません。

その美術館は、前もって予約をいれる必要があります。

数年前の夏の暑い日に、知人に連れて行って頂きましたけれど

写真禁止だったので、メモ代わりのスケッチを1枚しました。

     が、ここで見ると何だかよく判りませんねcoldsweats01

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            レオニー 年表

              1864生れ

              1907日本へ移住

              1923ニューヨークへ

              1933死去

2010年12月 8日 (水)

誕生日

私の誕生日の日の朝、嫁の○○さんが

手作りのケーキと、ちょっと変わった小物を誕生日プレゼントとして

持ってきてくれました。

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紅茶のシフォンケーキ・・・今、はまっているのだそうです

もう一つは、ラップのようですが、

端に接着剤のついた紙みたいなもの

 ・・・自由な大きさの袋が一瞬でできあがります

それから言葉をプリントしてあるテープ

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同級生がこれの開発に係わっていると、言葉がそえてありました。

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私もお菓子作りをよくします。 そして

ちょっと手土産程度に、プレゼントにもするので

これは、そう云う時に役立ちそうです。

若い人は、新しいものを見つけるのがじょうずだな~

        *

持ってきてくれた時に、勿論「ありがとう!」のお礼は云いましたが、

半日ほど時間がすぎ、

気持ちにゆとりができたときに あらためて

お礼をメールでおくりました。

   60代は、健康であれば、なかなか

   捨てたものじゃないshine

   第二の青春だと思うのよwink

       先がチョッピリ気になるけどね 

   体力と能力とに相談しながら・・・したいことが  

      どんどん増えるかんじeye

        。。。。。

彼女からの返メールです

   お母さんを見ていたら、60代っていいなぁ~

         って思いますよthink

   素敵な年の重ね方shine 生き生きとして、

   人生楽しんでいるようでhappy01

   私達もお父さんお母さんたちのように、

   第二の青春を素敵に迎えられたらいいなぁと思いますnotes

  その様に思ってみていてくれるのが、又嬉しくおもえた時でした。

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