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2010年10月15日 (金)

柳田國男生家

ドライブにお誘いをうけ、楽しみにしていたのです。

ご近所にお住まいのYさんご夫婦。

私達にとっては人生の少し先輩にあたります。

これまでにも何度かご一緒させていただいていますが、

今回は兵庫県神崎郡福崎にある柳田國男の生家を訪ねました。

山陽道を姫路東で降り、播但道を北上、福崎で降りれば案内表示が導いてくれます。

Img_6428 のどかで、静かな気持ち良い場所です。 コスモスが満開!

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「日本一小さい家だ」と柳田が書いているのですが。。。

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緑に包まれた茅葺の家がそのようです。

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上がって中を見ることはできません。

おくどさんのある土間のあたりは懐かしい感じです。

日本一小さい家というほどではないと感じたのは、現代の狭いアパートを知っているからなのでしょうか?

すぐ隣には神社があります。

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肖像画のようなのは柳田の兄弟5人を描いたものでした。

実は柳田國男は(旧姓を松岡と云う)9人兄弟の六男。

その中の一人の女の子と、次男、四男、五男は早世。

長男 松岡鼎(かなえ)は教員から医師となり、その後千葉県布佐町の町長もした。

三男 井上通泰(みちやす)は眼科医で、歌人。のちに国文学者として活動した。

七男 松岡静雄 は海軍兵学校出身の軍人。退役後は民俗学、言語学の研究活動を行った。

八男 松岡輝夫 は日本画家で、有職故実の研究をし、大和絵の復興に尽力した。

このように無事に成人した兄弟5人が5人とも、夫々の分野で才能を開花させ、活躍したということを、私はここに来てはじめて知ったのです。

その5人の顕彰会記念館が ↓ で、生家の隣に建っています。

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柳田國男は東京帝国大学を卒業後、農務省に入り、法制局参事官を経て貴族院書記官長となる。

大正8年、45才で退官後、在野で研究に専念し、庶民の生活のなかに生き続ける信仰、習慣、伝承、儀礼、行事をたずねて全国を歩き、「民間伝承」「郷土研究」などにより後進を指導し、日本民俗学を創始する。

その研究は海外でも高い評価を得、文化勲章を受け、福崎町名誉町民第一号、正三位勲一等旭日大綬章も授与しました。   (顕彰会記念館しおりより)

Img_6456 故郷・・・それは

故郷を離れて暮らす者にとっては、何にも代えがたい懐かしいものですね。

  (一部そう思えない人があることは本当に気の毒だと思います)

  この建物も同じエリアに肩を寄せるように建っています。

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神埼郡歴史民俗資料館です。

明治19年に郡役所として建てられたもので、昭和57年にこの場所に移築されました。

                *

ところで、最初の写真に写っていた案内に

もちむぎの館 。。。とあったのが気になりますね!

そう! そこで 早いお昼をいただきましたよ。

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         本日のランチ1000円です。もち麦を使ったごはん、麺がついていました。

              食後のコーヒーもついています。

もう少し続きがあります。

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コメント

そう遠くない距離に、素敵なドライブコースがあったのですね~
是非1度行ってみたいです。happy01

『遠野物語』の柳田國男ですね。
シニアカレッジで行かれた場所で、思いは
格別だったことでしょうね。
近くに良い場所・良い施設があり、
嬉しいわね。
 
『をさな名を人に・・・・・・』
故郷は有りがたいものだと、しみじみ。

ちょっとびっくりしました。というもの、慶の故郷の飯田市に柳田國男記念館があり、柳田國男の書室が記念館になっているからです。昨年母親と故郷を訪ねたおりに記念館に行ってきました。たぶん民俗学と信州が深く結びついていて記念館があるのだと思いますが、慶は勝手に飯田にゆかりのある方だと思っていたのです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%B0%E5%9C%8B%E7%94%B7を見ると東京から飯田市に移築したんですね。

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