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2010年9月

2010年9月29日 (水)

シカ肉で簡単ディナー

9月29日 の2度目UPします(写真が溜まってきたので)coldsweats02

最近の夕食から。。。

友人から頂いた鹿の肉が冷凍庫に残っていました。

頂いた その日にはお刺身で食べ・・・

数日後には、塩・胡椒した表面にフライパンで焦げ目をつけて

タタキにしていただきました。

   そして先日は。。。

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モモ肉、いやレッグかな?

塩・胡椒してフライパンで焦げ目をつけるまでは前回と同じ。

Img_6212 最も簡単な方法で。。。

オーブンで焼いてしまいましょう!

周りには我が畑で収穫した万願寺とうがらしを置いて一緒に。

ついでにじゃが芋も別の天板に転がして一緒にオーブンへ入れました。

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唐辛子は少々焦げてしまいましたが、食べられないほどではなかった。

肉には生姜醤油をつけていただきました。

それから、もう1品!  珍しいものを貰ったので

グリーンパパイヤです。 初めて食べるものです!

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半分に切ると右のような5ミリほどの丸い種が・・・

これを取り除いて(勿論皮をむき)千切りにします。

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パパイヤと一緒に入っていた説明書を見ながらです。

人参の千切りと豚肉を少々用意して。

油をひいたフライパンで炒め、塩・胡椒で味をつけるだけ。

私は最後にだし醤油をすこし垂らしました。

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青みに刻みネギを散らして、

ハイ! できあがり!

とても簡単な料理でしたが、普段とは少し異なった食卓になりましたよ!

ワインでも添えるといいんですけどね~

我が家は。。。 すぐ ごはんですcoldsweats01

2010年9月26日 (日)

やっぱり書いておきたい

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日曜日の朝のウォーキング。。。

いつもより少し長く歩きたいな~  と思う私。

芥子山の坂道へ行こうかな~  と。。。

内心そう思いながら二人で出発。 

これからが坂道の始まりと云う所まで来て、夫が云いました。

「俺、ここで待っててやるから、お前登ってこい!」 って。  

「なに それ!」って内心嫌な気分ですが。。。

「待ってることないわよ。先に帰ったらいいから~」 

そこで別れて一人登りはじめたんです。

梨畑がすぐそこにあって、袋をかけた梨が沢山見えてます。

子供の頭位大きい 愛宕梨 です。

その梨の木の下に、上の写真の猫ちゃんが歩いていて

カメラを向けたら・・・固まってしまって、ポーズのつもりかしら?

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野生化した朝顔かなあ~? 実物はブルーがもう少し濃くって綺麗でしたが、

昔、西洋朝顔でヘブンリーブルーというのが、これみたいな丸葉で、昼間も咲いているから学校で植えていたのが綺麗だったんです。

それに似ているなって思いましたけど、

あっちにもこっちにも咲いていました。

栗の実もありましたよ!

梨畑からか、葡萄畑(ピオーネ)からか雀脅しのような ズド~ン という音がすぐ近くから聞こえてきました。。。すると木霊するんですよね。。あちらからも聞こえて。。。

一人で気分よく、写真をとりながら、歩きながら頭をよぎる思いがありました。

やっぱりあのことを。。。書いておきたい! と。

それは盛岡へ行った時、入学式の前日でした。

1日早く行ったので、駅近くのビルの中で一人でスケッチをしていたんです。

Img_6252             旧国鉄盛岡工場れんが壁

がら~んとした空間に作り物の大きな木、その周りにベンチが置かれています。

時折、誰かやってきたと思ったら、一人でお弁当を食べる人だったりする静かな場所なんです。

私が腰掛けたベンチ、そこから見える向こうのベンチに

紳士物のクラッチバッグっていうのかな? バッグがあったんです。

周りに人影はなかったので、忘れ物! ってすぐ思ったんです。

でもね、様子の分からないガラ~ンとしたビルの中で、

え~っ! どうしたらいいの?  どこへ持っていけばいいの? と私。

誰か来ないかなあ~

お弁当を食べに来た人は2人ほどいたけれど、誰も気が付かない!

あっ!  ブルーのユニフォームを着た人がそばを通ったから

「こちらの方ですか?」って声をかけたら 

「違います!」って一言だけ。。。

それからしばらくして、 今度は掃除のおばちゃんみたいな人!

再度同じことを口にすると

「ええ」 って。

それで、「あのバッグが忘れ物みたいなんですけど。。。」と私。

「ああ、そうですか、それはどうも有難うございます」と、掃除道具をそこに置いて

バッグを持って何処かへ行きました。

私はスケッチも終わったので、場所を少し移動して、レンガ壁の説明板を読んでいたのです。

と、そこへさっきの掃除のおばちゃんが、後ろから声をかけてきました。

「さっきは有難うございました。インフォメーションへ届けておきました」って、わざわざ

私に知らせてくれたのです。

私、とても驚いたんです。 

何でもないようだけれど。。。 こう云うことってなかなか出来ないことじゃないでしょうか?

何もかもがマニュアル化された社会で。。。

とても人間的な心の通った、出来事でした。

私に報告する義務はなかったはず。。。

でも、私はこの知らせを受けなかったらいつまでも気に掛っていただろうと思ったのです。

岩手の(盛岡の)人って、すごいなあ~ って。。。

盛岡に着いていきなりの好印象だったから、やはり書いておきたかった。。。

          *

一人でウォーキングしていると、そんなことに思いを巡らせたり。。。

写真を写しながら。。。。75分間で5kmのウォーキングでした。

あとの写真は次にします。

2010年9月20日 (月)

シニアカレッジ・最終回

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シニアカレッジのことが、あまりにも長くなりすぎました。

そろそろ終わりにしたいと思うのですが、学んだことやカレッジライフ、又盛岡のことについてなど、一部しか書けていないとの思いが残ります。

特に大学の講義ってこんなものなのかと、思われてはいけませんから

私が手を付けられなかった講義、こういうものもあったのよ・・ということを記しておきます。

 岩手の大地  農業の始まりから今後について

 北東北は食材の宝庫 宝石の原石を磨き上げることの大切さ

 東北北部の弥生文化について

 林業が地球を救う  人工林と間伐問題

 アテルイの生涯

 遠野のおしら様から不老長寿の妙薬への道

 地域の美術工芸  金属工芸を例に

どの講義も、どの講義も専門家(教授)からお話を伺えるのですから、基礎知識のある方はより高度に理解をされたことでしょうし、私の様な基礎がない者にとってはそれなりに。。。というわけですが、興味をかきたてられるという点においては、しっかりと収穫があったと思います。

この先は自分で掘り下げて学べばよいのですが・・・これが難しいかもしれないですね。

            *

授業から離れて観光も駆け足でしました。

先ず岩手という名前の由来です、

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写真の文字が読み取れるでしょうか?

悪さをする鬼を神様がこらしめたところ、

鬼はもう二度と悪さはしませんという約束の手形を岩に押して退散した。

これが岩手という名前の由来だそうです。

三ツ石神社にある大岩がその岩ですが・・・どれが手形なのか実際のところ分かりませんでした。

Img_6078 Img_6079  

盛岡辺りは元々岩盤なのでしょうか?

大きな岩が目につきました。 

有名な所では 石割桜 です。

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Img_6076 花崗岩の割れ目からヒガンザクラの幹がたくましく伸びています。

樹齢350年ともいわれているそうです。花を見たいものですね!

石垣が立派だと聞いていた盛岡城跡へ行きました。Img_6069_2

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広々としていて静寂、心地よい空間です。そしてここにも大岩がありました。

又、私の目に珍しく思えた街路樹があったのです。

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三度豆(ささげ)を垂らしたような実がなっています。

キササゲと云うそうです・・・木になったササゲで・・・

キササゲの木のことを賢治が詩に詠んだそうで、賢治ゆかりの木だということですが、内容は判りません。

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あと1時間もすれば盛岡とお別れ。。。そういう時になって

やっと、岩手山が雄大な姿を隠すところなく見せてくれたのです。

旭橋からみた岩手山と北上川です。

7日間のカレッジライフ・・・多くの方のお世話になりました。

        そして愉しい時間でした。

44名の生徒皆が、とても素敵な笑顔をしていたのが印象的でした。

     あ り が と う ~ heart02

2010年9月19日 (日)

シニアカレッジ・8 石川啄木

今回のシニアカレッジで、石川啄木についての講義は1コマだけでした。

啄木の故郷、盛岡市玉山区渋民 にある石川啄木記念館の学芸員、山本令子さんによる講義です。

その講義のテーマ名は 「石川啄木と佐々木喜善

ここでも又佐々木喜善の名が出てきました。

柳田國男、宮澤賢治、石川啄木。。。この3人についての講義のすべてに

何故か、佐々木喜善の名が登場するのです。

喜善を外しては語れない関係があるからですよね。

大物黒幕とでも云えそうな存在ですね!

わずか26歳と2カ月で亡くなった啄木

その啄木が死の1年4カ月前(明治43年12月1日)に出したのが 

彼の処女歌集 『一握の砂』 です。

これが出版されて、今年丁度百年目だそうです。

         一握の砂の冒頭歌

東海の小島の磯の白砂に/ われ泣きぬれて/蟹とたはむる

        歌集二番目の歌(表題歌)

頬につたふ/なみだのごはず/一握の砂を示しし人を忘れず

Img_5777             この歌碑の文字は啄木の自筆

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上の自筆の歌碑の側に啄木の銅像があります。

遠くの山が眺められる場所・・・目をつぶって何を思っているのでしょう?

Img_5781 雲がかかって、見にくいですがうっすらと三角形の山が見えています。

啄木が愛した姫神山だそうです。

私はここに来るまで知らなかったのです。

ふるさとの山に向かいて/言うことなし/ふるさとの山はありがたきかな

この歌の、ふるさとの山とは岩手山だとばかり思っていましたけれど、

姫神山だそうです。

Img_5831 これは、岩手大学の農学部敷地内にあります。

啄木の妻、節子さんの産湯に使った井戸だと言われています。

その節子さんも啄木の死の1年後函館の病院で亡くなっています。

                               享年28歳

              *

参考にさせて頂いた本 

  啄木記念館・学芸員の山本令子さんの著書

「拝啓 啄木さま」 熊谷印刷出版部 (文庫本、800円)

これを予習に読みましたが、とても分かりやすい本でした。

玉山村時代に村の広報に連載したものをまとめたもので、

山本さんから啄木への一方的なラブレター形式となっています。

2010年9月18日 (土)

シニアカレッジ・7 宮澤賢治

宮澤賢治・・・誰もがよく知った名前です。

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風の又三郎や、銀河鉄道の夜とか、注文の多い料理店などを読んだ人は多いかと思います。

SFのような不思議さが印象に残ったのですが。。。

今回、予習のつもりで、短編を幾つか読んで・・・と、

読み始めたのはいいけれど私の頭が柔軟でないのか

純粋でないのか?   愉しむ感覚までいかなかったのです。

 でも、岩手、花巻が生んだ。。。作家。。いえ、

ひと口に作家では、云い切れない多くの顔をもった方でした。

今回のシニアカレッジでは幾つかの講義に賢治が係わって・・・いました。

柳田國男しかり、佐々木喜善しかり・・・啄木もそうだし

同じ時代を生き、繋がりを持ちながら影響し合ったのですね。

文学だけでなく、幅広く多面的に賢治の名は今に繋がっていました。

Img_5873 Img_5844               下の畑の現在の風景です ↑

Img_5851                イギリス海岸と賢治が名付けた辺り ↑ ↓

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 猿ケ石川の、北上川への落合から、すこし下流の西岸でした。 広く露出する青白いギョウカイシツの泥岩が、強い日差しで乾き真っ白に見える岩の上を歩くと「全くもうイギリスあたりの白亜の海岸を歩いているような気がするのでした。」

水面下にはゾウの足跡化石群が隠れているそうです。

白亜の海岸は見えなくても、両岸にこんもりと木々のある風景だけでも

まるでイギリスの画家ターナーの絵を彷彿とさせるように感じました。

            *

石井正巳先生は賢治の なめとこ山の熊(私の好きな作品)を取り上げて、

人間と野生(熊)の共生の世界を書き、そして食う・食われると云うことを書いているとおっしゃいます。

 熊捕り名人の小十郎が熊を捕るのは、熊が憎くて殺すのではない。  仕方なしに猟師をしている、お互いに因果なことだと云って、殺した熊を前にして嘆くのです。  その小十郎も、やがて熊に殺されるのですが、お前を殺すつもりはなかったと熊が云い、死にゆく小十郎も熊ども許せよとの思いでした。 小十郎の死骸の周りには熊が環になって座りひれ伏していました。

 私が全く知らなかったお話〈フランドン農学校の豚〉というのがありました。

あらすじを紹介されただけでしたが、思いもよらない物語で、驚いたのです。

農学校で飼われている豚は、人間の言葉を理解し、

 「 豚は白金と同じ価値がある 」と話しているのを聞いて、豚は自分が一流の紳士だと思うのです。

やがて豚も肉にするのに適した大きさになりました。 しかしこの頃

「家畜撲殺同意調印法」というものがあって、家畜を殺そうとする者はその家畜から死亡承諾書に家畜の調印を貰わないといけないのです。

豚は、何やらよく理解できないことを人間が話しているのが気になって、心労のために痩せてしまいます。

痩せた豚では、ダメですから畜産学の先生が肥畜器で豚を肥らせる。

校長が強引に死亡承諾書に捺印させ、

豚は雪の庭へ連れ出されて殺される。

というような内容です。

  普通、人間の側からのことしか考えないけれど、賢治という人は常に相手の立場を考えていた人なのじゃないか? だからこんな滑稽ともいえる物語が書けたのじゃないでしょうか。

 賢治の世界は広くて、深いです。

私はその入り口に立ったばかりだと感じています。

これから先、長く係わりながら作品にふれていければいいかな! 

と思いはじめていますが。。。。。

2010年9月16日 (木)

シニアカレッジ・6 神楽

今回のシニアカレッジで楽しみにしていた遠野へ一泊の小旅行。

これは大学から貸し切りバス1台で。。。

バスに乗れる人数ということで、参加者を44名で切った(お断りをしたかたが出た)そうです。

南部曲り家もゆっくり見せてもらったし、今年4月にリニューアルした遠野市立博物館では学芸員さんから丁寧な説明を聞きながら展示物をじっくり見てまわりました。

デンデラ野やダンノハナ、山口の水車、カッパ淵、阿部屋敷跡などもプロの方の説明つきでしたから、興味が湧かないはずはない!  ・・・そんな感じでしたよ。

道の駅にも立ち寄ったので、ここでお土産もゲットできた!

昼食は 農家レストラン横一 さんでした。

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人生の楽園 に取り上げられた方がされています。

お野菜は勿論自家栽培で。。。

Img_6011 珍しいもの・・・夕顔 (一番下左)・・トオガンに似ています。

素材自体がもつ美味しさ、を感じつつお腹が一杯です!

右上は馬刺し・・・くせが全くありません。

           *

前置きが長くなりましたが。。。。

やっと今日の本題の神楽に移りましょう。

スケジュールに 「早池峰神楽」 とありました。

私、内心。。。神楽かぁ~  興味ないなぁ~~  って。

鑑賞する場所は 

今は合併したので花巻市になったけれど、大迫(おおはさま)と云う所にある神楽の館です。

Img_6016学長も参加されています!

シニアカレッジの者達のほか、岩手大学の留学生たちも一緒に鑑賞です。

先ずは説明が。。。丁寧にそして分かりやすく。

早池峰山の名前の由来から、山の特徴から。。。

北上高地の最高峰・早池峰山(1917m)は深田久弥の「日本百名山」にも選ばれた、高山植物の宝庫として全国的に有名な山です。

神楽の分類もきちんとプリントされているし、これ以上のことはない! という感じで講義があってからの本番の舞いです。

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しかし、この暑い時に神楽の館にはクーラーがありません!

戸が開け放たれ、時折風が感じられるとはいえ。。。

それでも鑑賞させてもらう我々はよいとしても、

舞う方々は、ご覧の通り 全身包み込んで・・・

そして、非常に激しく飛び跳ねながら・・・ですからねぇ~

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大丈夫だろうか? 倒れないだろうかと・・ハラハラでした。

天降りの舞・・ネリ → 面をつけて神になっている

       ・・クズシ→ 面をはずして人間になっている

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観客のすぐ前に、舞殿(舞台)に向かって左から

小太鼓、大太鼓、鐘、、、と三人が我々に背をむけて座っています。

正面の神楽幕の向こうで、笛と言い立て(語り)です。

楽のリズムは5拍子と7拍子だと説明にありましたが・・・

単純なリズムです。

例えば私などは阿波踊りと云えば身近に感じるのですが、あれのような。。。

これって、日本人のDNAに刷り込まれているものかもしれない!

そんな感覚に陥りながら・・・どんどん引きこまれていきました。

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権現舞・・・どんな時でも最後は必ずこれで締めくくるのが決まりだそうです。

面を外した素顔が・・・あまりお若くはないな!

よくあの激しい舞いができるなあ~。。。

そして、きりっとしたお顔のかっこ良いこと!

ついつい、邪念がはいってしまいましたcoldsweats01

興味のなかった神楽だったのに、観終わった時には

すっかり・・・神楽って面白い!  ってなっている自分がいました。

山伏神楽は本来、修験者にのみ伝承を許された長子相伝(一子相伝)の神楽だそうです。

山の神も夜半の神楽にこぞるらし舞屋の外の闇の怪しさ  超空(折口信夫)

2010年9月15日 (水)

ちょっと一休み・シニアカレッジ

シニアカレッジのことはブログ記事としてまとめるのがなかなか難しいです。

あまりに盛りだくさんだったことや 

私自身がまだまだ吸収できてないことが原因なのですが。。。

でも、あまり時間をかけてしまっては

ホットな気持ちがなくなってしまうから、まとまらなくても、少々理解の間違っていることがあるかもしれないけれど・・・とに角この気持が失せないうちに書きたいと思い、そう努力もしてみるのですが。。。

今日のブログはちょっと中休み気分で・・・ 

          深呼吸!

遠野では一泊したので、早朝の街並みを散策しスケッチをしました。

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遠野、蔵が並んでいる様子と芝生の広場です。↑

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遠野駅↑  大急ぎのスケッチです。

今回は結構スケジュールが詰まっていて、

スケッチを楽しむ時間がほとんど持てなかったのです。

で、ここでのスケッチタイムは貴重な思い出になりました。

             *

これは遠野ではなく、盛岡のホテルで。。。

やはり朝の散歩で、北上川の河川敷を歩いてみました。

草原の中に 白ツメクサや 赤ツメクサ ・・・

あっちにもこっちにも、まるで振りまいたかのように・・・

北上川と中津川が合流する地点まで行きUターン。

この道は、地元の方達の散歩コースになっているようです。

中津川を目の前にした場所には私の好きな

深沢紅子(ふかざわこうこ)さんの美術館があって

野の花美術館と云いますが、

入学式の前に行ってみたのです。

野の花ばかりではないのですが、他の美術館ではほとんど見ることのできない野の花の絵が沢山ありました。

そのやさしさを絵にすると、ともすれば弱々しい感じになってしまうかと思うのですが、そこはさすがにプロの絵ですから、じっと眺めて・・・いいなあ~ heart04 っと。

そこで私、真似はできませんけれど・・・

描いてみたくなって、散歩の帰り道にツメクサとつゆ草を手折ってきて

  ホテルで ↓ 描きました coldsweats01

Img_6119 シニアカレッジの講義や同級生たちとのおしゃべりは勿論とても楽しかったのですが、一人の時間もとても愉しかったですよ!

2010年9月13日 (月)

シニアカレッジ・5 遠野

遠野のお話が又続きます。  

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遠野といえばカッパがその代表のような感じさえしますね。

いよいよカッパ淵です。

辺りにはコスモスが咲いていたりして少し秋の風情が感じられます。               

Img_5985  Img_5986_3 ちょっと横道にそれますが、この辺りでは今、丁度ホップの収穫真っ最中でした。 

私、ホップを初めて見たので嬉しかったです!

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Img_5991 常堅寺に続くようにして

カッパ淵へといつのまにか誘われていました。

Img_5992 川幅はあまり大きくなくて、両側の木立が影を落としホッとするような感覚。

Img_5993 あ~っぁ。。。  何か懐かしい様な、見覚えのあるような。。。

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今年は遠野物語、発刊百年ということで、テレビでもこの場所は何度か見ました!

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釣り名人さん、今日は何処かへお出かけのようで。。。

きゅうりを結わえた釣りざおだけが・・・

目をこらしてじ~っと見ていると

 あっ!! 引いてる !!

・・・と、思えるような 動きをみせてくれます!

でも、こんなに大勢で(40人を超える団体です~)覗かれちゃあ~

カッパさんも出てこられないでしょうね!

遠野の街はカッパの絵があっちでもこっちでも目に付きました。

私などは、何と言うことなく見過ごしていましたけれど。。。

中には鋭く観察して・・・疑問を持つ人がいましたよ。

遠野のカッパは赤い。。。 本によると。。。

と、思っているのに、看板などに描かれているカッパは

赤じゃなくて、緑なのは どうしてなんだろう?

赤くするべきじゃないかしら?  ・・・・ 読みが、観察が、鋭い!

私、そう云えるほどには深く読んでないから。。。困った~

やはり・・・ゆっくり再読しなきゃだめだね!

          *

今回のシニアカレッジで感じたのは 今、書いたように

自分の予習不足の実感とともに、

私、こんな事に興味がある! 

もっと知りたい!

  。。。 そう思えることが次々にあったなあと。

そう! 興味の種を蒔いてもらった~と。

民俗学というものも、面白そう~~

遠野物語も近いうちに読みなおしたいし。。。

  これから、益々忙しくなりそう!

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遠野あたりには

←このような石碑が沢山建っていました。

2010年9月12日 (日)

シニアカレッジ・4 遠野

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前回の水車小屋から歩いて行ける距離です。

この辺りをダンノハナというようですが、その名前は

山が段々になっている。

ハナというのは上の写真左のように、すそ野が象の鼻のように伸びている所を云うようです。

少し細い道を、歩いて。。。すこし登ります。

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佐々木家のお墓です。指差している辺りに喜善の名前が見えます。

Img_5953 丁度光ってしまいましたが、後から5人目に喜善の名があります。

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佐々木家のお墓から見える眺めです。 ↑

ゆたかな田園の一角に(中央からすぐ右の黒く見える屋根)

         喜善の生家がよく見えています。

死者たちが見守っていてくれる! そう思えますね。

           *

次はデンデラ野に行きましょう。

デンデラ野・・・ その昔このあたりの人達は60歳を迎えると

それまで暮らしていた家をでてデンデラ野へ行かなきゃならなかったそうです。

口減らしのためです。

姥捨て山を連想しますが、それとは違って

デンデラ野は村から意外にも近い所にあるのです。

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デンデラ野に来た老人は

 (この表現にはとても抵抗がありますね!)

死を選んではいけないのです。 だから日中は畑を耕したりして、食べ物を得ないといけないんですねえ~。

しかし、余裕のある家だと、食べ物を運んでくることもあったそうです。

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煮炊きをするような所や、暖をとりながら休む所も作ってありましたが、

これは果たしてこう云うものであったかどうか? というところでしょう。

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一見、長閑そうな風景ですが、冬の寒さは相当厳しかったことでしょうね!

デンデラ野は昔の部落ごとに、どこの部落にもあったそうです。

  名前は違うのかもしれませんが・・・?

今の時代に生きてて良かったと思う一方で、

今だって、老後一人になった時に

例えば仲の良い友達数人が、一つ屋根の下で助け合いながら暮らしている方。。。

ありますよね!

同じかもしれないなあ~~。

60歳でデンデラ野で暮らしはじめ、70歳をこえて長生きされる方もあったそうです。

言葉がありません。。。

シニアカレッジ・3 遠野にて

柳田國男が佐々木喜善からの聞き取りというかたちで

遠野物語を書いたのですけれど、ここに書かれていることは

誰それさんの家から座敷ワラシが出て行ったのでその家は没落した。とか

どこそこの嫁は河童の子を産んだので殺して川に流しただとか。。。

他人には知られたくないことが書かれていますよね!

柳田は、いわば負の遺産であるところの「遠野物語」を書いたことに対してずっと心に痛みを持っていたようです。

遠野に限らず、どこの村にも民話があったと思うけれど、記録されなかったから消えていってしまった。

負の遺産・・・ではあるけれど、同時に私の問題でもある。

形を変えながら現代社会にいきている。 心の中にある。

暗いけれど、でも大事な遺産である。 と

柳田國男研究者の石井正巳先生はおっしゃいました。

読みにくかった遠野物語ですが、現代を生きている私達の問題として話していただけたのがとても心に染みてよかったなあ~と思えたのです。

そう思ってみれば、座敷ワラシガ入ってきて、幸せに暮らせるようになった家と、この家に居るのはもう飽きたからと、座敷ワラシガ出て行って没落した家。

ザシキワラシって、正直者、働き者。。。そんなように読み換えてもいいのではないか?

自分流の解釈だけれど、そんな読み方もできるかもしれない!

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ザシキワラシが出て行って没落した 孫左エ門の屋敷跡に残る井戸

写真では分からないかもしれませんが、井戸の石組が見えます。

このように実際に遠野の地に立って見ると、物語にでてくる個人の名前と一致するものが今もあって、一気に興味が湧いてきました。

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豊作が実感できる、初秋の田園風景が広がって・・・

日本の原風景だなあ~。。。  

秋風が吹けば申し分なかったのですが・・・

この先に、佐々木喜善の墓があります。

次はそちらへ行きましょう!

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        水車小屋とその脇に咲いていた花

岩手大学シニアカレッジ・2

昨日の記事の最後に遠野という言葉がでてきたので

今日は遠野についてのお話をはじめましょう!

Img_5897             南部曲り家・千葉家

            人の住む母屋と馬小屋を直角に連結したL字型の農家を曲り家という

柳田國男(やなぎた くにお)の聞き書きによる「遠野物語」が発刊されて今年百年目を迎えました。

岩手はこれを観光の目玉にしているな! っと感じます 。

遠野物語・・・は日本民俗学の夜明けを告げた原典であり、日本を代表する文学作品といえるようです。

シニアカレッジ参加にあたり、予習の意味で、私は遠野物語を読み始めました。

題名だけはよく知っていたものの、その読みづらいこと!

途中、何度も投げ出しそうになりながら、その おもしろくない本を やっとの思いで読んだものです。  面白いと言われる方もあるので受け取り方は様々ですね。

しかし、大学で色々な角度から 遠野物語 についての講義を受けるなか

私の先入観が少しずつ変化していったのです。

遠野物語の序文に記されてあるように柳田國男は

この話はすべて遠野の人佐々木鏡石(佐々木喜善)よりの聞き書きであると記しています。

Img_5931              佐々木喜善の生家

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その、佐々木喜善については下記の講義がありました。

   ① 佐々木喜善と石川啄木の係わり

   ② 佐々木喜善と宮澤賢治との係わり

①については啄木記念館、学芸員の山本令子さんから、

  丁寧な話しぶりの中にも笑いのあるおはなしを。

②は東京学芸大教授、石井正巳先生より

  物語の精神世界のことを聴かせていただきました。

上記の2つ以外にも今回の講義は上手に、遠野物語や賢治作品との関連づけがされていました。

例えば、農学部教授、鈴木幸一先生の

桑の葉のお茶→桑が不老長寿の妙薬

  糖尿病予防、血圧降下、動脈硬化予防、パーキンソン病改善、

  抗アルツハイマー効果などの→ アンチエイジング効果の説明にも

  話の冒頭部分は上手く遠野物語と関連していたのです。

遠野物語にはおしらさまが出てきますよね。

 馬と娘の恋物語で、養蚕の起源神話として紹介されているのがおしら様伝承です。

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            遠野、伝承園の一角におしら様の部屋があります

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Img_5977 Img_5978 おしら様は桑の木に、馬と娘の形を彫ったもので一対となっているのが一般的。

色とりどりの布が被せてあります。願い事を書いてあったりします。

             曲り家・千葉家の内部です ↓

Img_5892             馬を大事にしていたことがうかがえますね

Img_5895  遠野辺りは馬の産地でもあったようですが、今は何と馬肉を食べさせてくれるのです!

           *

遠野物語は想像力をもって読んでほしいと言われた言葉が印象的でした。

落ち着いたら、もう一度ゆっくりと読みなおしたいと思えるようになりました。

           また続きます。

2010年9月10日 (金)

盛岡にて

シニアカレッジのことをお話しようと思っているんですが。。。

何をどのように書けばよいのか、ちっともまとまらないのです!

そこで、盛岡に着くまでのことや、第一印象などを書いてみようと思います。

            *

東北新幹線 「はやて」 でのことです。

はやて号の座席ポケットに ≪トランヴェール≫ という小冊子が入っていました。

その小冊子の表紙に  巻頭エッセイ・伊集院 静 という文字を見たのです。

ごく最近、伊集院 静の本を読んだばかりだった私は、その文字に引かれるように手に取りました。

 「 夏のよろこび 」 と題名がついていて

人間が見せる幸福の光景の中でも際立つ一つとして、

夏休みになると、孫を迎えに出た祖父母の表情と、

名前を呼んで飛びついていく子供の姿だ。 

 先輩作家の井上ひさしさんから聞いたとして、

北国の言葉は他にたとえる言葉がないほど ゆたかで

喜びと哀愁に満ちたものです。 と

 井上ひさしさんは、山形生れ。 高校時代は仙台で送っている。

北国は井上さんの原風景がある場所です。

 伊集院さんは、北国に暮らし始めて・・・先の井上さんの言葉が解りはじめた。

言葉というものは人間の幹のようなものだと改めて思った。そうです。

 北国は多くの文学者を輩出している・・・

彼等のあの素晴らしい作品群は、

少年、少女時代に身体の中にゆっくりと育まれた、

ゆたかな北の言葉が大きく影響しているのだろう。 と書かれていました。

伊集院さんがこのように書いた ゆたかな北の言葉 に出会えるでしょうか?

          *

入学式の受付は昼の12時からです。

午前中タクシーを利用して少し観光をしました。

日本で一番大きい村・・・ 滝沢村の方へ行く途中・・・

「近くでどこか見るような所、他にないかしら?」って訊ねたんですね。

運転手さん  「蒼前神社っていうのがあります」

    「チャグチャグ馬っこが出発するところです」って教えて下さいました。

その、チャグチャグという発音が・・・とても真似のできない、い~い感じなんです!

チャングチャング・・・と云うように聞こえます。

これは馬の飾りにつけた鈴が鳴る音をあらわしていると云う通り、そんな発音なんですよ!

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Img_5799  Img_5795 

                 *

次に、いきなりシニアカレッジ最終日の講義にふれたいと思います。

 地域語(方言)と地域の文化 という題での興味深い講義でした。

90分ではとてもとても足りない・・・そんな内容だったので

私の頭に残っているのは、ごく一部だと思いますが、

その中でのごく一部をお知らせしましょう。

明治中期まで・・・ポスト漢字の議論が続くなかで

         「普通語」(日本中で通じる言葉)

         学校教育で方言矯正の必要性を感じ始め、

      西ヨーロッパの国をめざしていった。

明治30年代に入ると

        東京の言葉をもとにして、全国の方言の中からよい言葉を採用して→

      標準語を作ろうとしたが、実際には東京山の手の言葉が主に標準語となった。

国語の実施期(明治30年代~敗戦)

        日本中の小学校で標準語励行運動がおこり、

        方言撲滅のための方言札なるものが出現し、

        徹底的な訛音強制がなされた。

             ↓

ズーズー弁をしゃべる東北地方の子供たちが主なターゲットになったのです。

ズーズー弁とは

 「ジ」と「ズ」、「シ」と「ス」、「チ」と「ツ」を区別しない発音で

 「知事/地図」、「寿司/煤」、「土/筒」 が同じ発音になります。

方言札とは

    木の札に 「方言札」と書いてあり、

    方言を使うと、そのバツとしてこの札を首から下げる。

    一度首にかけると、言葉を直しても簡単には外してもらえなくて、

    これをはずすには、友人の密告が要ったりしたそうです!

しかし、いくら教室の中での言語教育がなされても、教室を一歩出ればまるで異なった世界が展開して子供たちは解放と自由さで嬉々として遊ぶのでした。

それでも、教室内では「シ」と「ス」の反復練習で、間違った子供を笑い者にするようなこともあったのです。

これは何故かと云えば、集団就職の影響が大きかったことがあります。

              *

こんなに厳しく矯正しても、方言は立派に生き残ってきたのですね!

それには方言でないと的確に言い表せないものがあるからでしょうね~

啄木の歌にあるように

    ふるさとの訛なつかし

    停車場の人ごみの中に

    そを聴きにゆく

自分の育った土地の言葉に包まれると、どんなにホッとすることでしょう!

でも、私、ここで気付きました!

私にはこれっ! といったお国ことばがないのです!!

これって、自分がなんだかちっぽけで、深みのない薄っぺらなものに思えてきます。

父の愛した岡山に住みながら、

岡山弁に染まりきらない私がいます。

8年間の学生時代を過ごした東京での言葉だって・・・

所詮、田舎そだちの私に東京弁という外套を着せただけのものだったでしょう。

では、小学校卒業までの四国の言葉は?

すっかり忘れてしまった気分ですし、

元々、両親が四国の人間ではないのですから。。。

伊予弁なんてものは・・・・?

一体私は何者?  などと今更考えても仕方のないことですね!

・・・私がそんな馬鹿げた考えに耽るほど、方言の持つ豊かさを思ったのです。

ゆたかな言葉も、口に出すと通じないという悩みがあって。。。でしょうか?

すぐれた文学者が輩出されたのは?

文字に書けばズーズー弁も共通語になるんじゃないかしら?

             *

遠野物語が刊行されて百年。 遠野で語り部さんのお話を聴く機会がありました。

いや~~ なかなか聞きとれない!  半分聞きとれたかどうか?

Img_5928                     遠野駅

まとまりのない記事になってしまいました。

岩手で出会ったほとんどの方は、共通語で話してくださいましたが、

お国なまりの風を感じさせていただけたのは、タクシーの運転手さんでしたよ!

旅の者としては、これが嬉しい!

又つづきます。

               

2010年9月 9日 (木)

岩手大学シニアカレッジ

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             岩手大学農業教育資料館

シニアカレッジへの参加は今年で2回目。

昨年初めて参加したのは、弘前大学のシニアカレッジでした。

初めてと云うこともあったし、慣れない飛行機を乗り継いでの、

私にとってはまるで地の果てに行くような感覚だったことを鮮明に思い出します。

しかしそこで、学ぶ楽しさ、自己責任の上で自由に動くことの楽しさ。。。

同級生となった方達との交流の楽しさ。。。。

沢山の楽しみを覚え、その虜になってしまったのです。

東北は私にとって未知の地。

このカレッジに参加することによって、ぐっと身近な地になることは間違いありません。

今年の岩手大学シニアカレッジには44名が参加。お断りした方も出たそうです。

北は北海道から西は島根の方まで

男性 20名    女性 24名

年齢は 54歳~79歳 

           *

大学での講義は 1コマ (こういう云い方をするのですね) が90分

午前に 2コマ 昼休みを挟んで、 午後 1コマ で 3時終了

これが 基本ですが、基本通りの日は2日だけで

あとは

入学式の日 の オリエンテーション と おでんせパーティー や

オプショナルツァー で、花巻まで連れて行ってもらって、宮澤賢治のことを身近に見て回ったりした日もありました。

週半ばには、なんと同窓会と称する飲み会があり、

・・・これは大学の講義などとは一切無関係、希望者のみ参加・・・

居酒屋に学長はじめ、大学職員の方々を交えて40人ほどが集い

賑やかな笑い声が終始渦巻いているという、

私などは普段まったく経験することのない時間を共に過ごした夜もありました。

昼食は勿論学食!  

冷房のない暑い学食内で、さっぱりした冷たいおそばなどを食べましたが、

  学生向きに量がすごい! 

  でも安い!   そして美味しかったですよ。

            *

しかし盛岡ではありえない! とスタッフの方々が口をそろえておっしゃるように、暑いことあついこと!

夜になれば多少涼しかったのかもしれませんが、夜はホテルから出ませんからよくわからない。

登校するだけで一汗かいてしまってね。。。

だから、夜は洗濯が欠かせない! 

予習・復習・・・・そんなことはしなかったけれど、

大学から、各講義のアンケートを貰っていたので、これはなるべくその日のうちに書かないと忘れてしまう。

そんなことをしていると、夜の時間も案外暇じゃなかったです!

盛りだくさんの授業で、出掛けるものもあったし、めまぐるしい様な1週間でしたよ。

盛岡へ

お話が、少しばかり遡のぼります。

8月29日の早朝3時半です。緊張してベッドを抜け出しました。

朝1番の新幹線(6時8分)で、盛岡に向かって出発。

岡山辺りの田んぼは、濃い緑色の絵の具でざ~っと一塗りしたように

一面真っ青

それが、東へ向かうと間もなく・・・黄色がかった田んぼがパッチワークのように

交ざりはじめる。

今日は富士山がこんなに綺麗に見えて、これから始まることへエールを送ってくれている気がする!

頂上付近に雲がない。

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静岡あたりを過ぎると、田んぼは益々 黄色みを帯び

中には稲刈りの終わったところさえある!

東京まで行くことはあっても、東北新幹線に乗り継ぐのは2回目で、

乗り継ぎ時間が少ないこともあり緊張。

Img_5740 Img_5741 私が乗るのは、 はやて13号

上の写真のように はやて・こまち と一緒にかいてあって、面食らう。

連結してるのね。 

全席指定席というのも、東海道新幹線とはちがうねえ~

およそ2時間半で盛岡に到着するけれど、

盛岡での時間を有効に使いたいから・・・駅弁としましょう!

Img_5744                見かけ以上に、おいしいお弁当!

12時22分・・・盛岡着

駅近くのホテルを予約してあるけれど、チェックインには時間がはやいから

パンフレットによる下調べにそって、駅の裏手にあるビルの最上階・20階へ・・・

ぐるっと展望できる!

Img_5751 岩手山はこちらの方向のはず・・・

でも、全く見えないなあ~~   がっかり・・・

いや~  それにしても この暑さは!!

岡山の暑さから少しは逃げられるかと、少なからず期待もしていたのに・・・

全く、岡山と変わらない暑さ!!

 ホテルでチェックインしたら、少し身軽になって

さて、私が行ってみたかったお店がある、おしゃれな通りへ・・・・

材木町・・・ 思ったよりも近くてよかった!

Img_5765            宮澤賢治 イーハトーヴ童話 注文の多い料理店 出版の地 

ここは 光原社 といって、賢治が命名したらしい。

今は民芸の品(柳 宗悦の云う民芸)が充実したお店で、

ここのお店は岡山で、同じく民芸を扱う方から教えてもらっていたの。

民芸ばかりじゃなくて、着心地のよさそうな洋服を置いたエリア、海外の小物を扱っている建物・・・・そして  ↓ の喫茶店

Img_5768 ここでお茶をしようと思って、それまで持ち歩いていたペットボトルの水、ホテルに置いてきたのに・・・

狭い館内はすでに満杯!

諦めました・・・今日は。

でも、奥行きのあるこの中庭スペースが、レトロで、モダンで 。。。

そして意外にも賢治の面影が色濃く残されている。

Img_5759 Img_5832              白壁に賢治の言葉が書かれている。

Img_5758 Img_5760

  りんごが実を付けてる!

Img_5763 Img_5766 Img_5767 Img_5770 中庭は緑に包まれて、外の猛暑を一時忘れさせてくれるよう!

この日入れなかった喫茶店には、後日大勢の同級生と入り、しばしおしゃべりを楽しみました!

     *

大学だけのことをいえば、翌日の出発でよかったんだけれど、

一日早く行って、一人 自分の気の向くままに歩きまわって。。。

こう云う時間がとても貴重で、至福の時間かナ? っと思える。

でも、一人だと食事をどこで食べるかが・・・困るんですね~

結局、この日の夕食はコンビニで買って来て、部屋食となりました。

明日には全国から同級生となる方達がこの地へ集まってくることでしょう!

                            

2010年9月 8日 (水)

切符を取り忘れた!

一昨日、岩手大学のシニアカレッジ、めでたく(?)卒業しました。

一気に岡山まで新幹線で帰ってくるのは、少々たいへんだから

東京で1泊し、昨夕、久しぶりの我が家にたどり着きました。

無事に・・・と書きたかったのですが、

最後の最後に、私のドジ!

恥ずかしながら・・・  ここで発表しちゃいますね!

それは、

盛岡から岡山までの乗車券だから、東京駅では途中下車だったんですよね。

なのに、ぼ~っとしていたんです!

切符を取り忘れて・・・ (自分を恨みます!)

そのまま翌日(つまり昨日)お昼近くまで気付かずにいました。

せっかくの東京だから、唯、帰ってしまうのはもったいないな~

東京駅から近いあの美術館でも観て帰りましょう! 

で、三菱一号館美術館へと足を運びました。

三菱が収集した数々の名画、書、本、焼き物・・・等々

様々な、貴重なものがありました。

印象的だったのは

この美術館が建っている東京駅の丸の内側の画でした。

「三菱が原」・・・多分こんな名前が付いていたと思います。

一面の茫々とした草原・・・

その奥にチョッと木立があって、木立の奥に

何か西洋風の建物が少しだけのぞいている。。。

そのような絵です。

今のこの東京のまん真ん中からは、とうてい想像できない風景!

その絵の前に立って、時代の流れ、世の中の変遷に

ジ~ン と胸に迫るものがありました。

そんなこんな・・・して

素敵なお庭のベンチに腰掛けて。。。

切符を確認。。。   えっ  あれぇ~え !!

ここではじめて、乗車券を取り忘れたことに気付きました。

・・・・ 随分 のんびりやさんだと、自分でも思いました ・・・

それから、銀座まで歩いてお茶をしたりしてから

    (気分は重かったんですが)

おもむろに、東京駅へ。

昨夜通った改札口へ・・・  ここだったかな?

おじさんに訊ねる  ・・ 昨夜8時15分ごろ。。。

おじさん 「その時間ならここはもう閉まっているから、北口でしょう」って

パソコンにおいた手を離しながら云ったんですね。

  北口へ行く。。。

お姉さんが立っている。。。。あのう~

   。。。。 お姉さん! 聞いてる?。。。。

  。。。目が合わないなぁ~。。。目が見えない?。。。

             そんなはずはないよね!。。。。

お姉さん 「それは~ 分からないですぅ~」

 。。。えっ! 何もしようとしないで、いきなりそんな風に云われちゃ、困るんだけど。。。

私、次の言葉に詰まってしまった!

でも、何とかもうひと押し!  

お姉さん、「じゃあ~ ちょっと~~ 」 と云って困った様子!

すると、カーテンの奥から  お兄さんが顔をだして

「西大寺駅で購入したものですか?」 って聞いてきた!!

。。。  そう!!   そうです! 。。。

「それじゃあ、八重洲中央口へ行ってみてください」

。。。。  やった~~ !!  ありそうだあ~ ! 。。。

中央口でまた同じことを繰り返す

お姉さん が、「 調べてみます 」 と言い残して奥へ

しばらくして、 一覧表 と切符を手に 戻ってきました。

 「ジパング利用ですね?」 って

  。。。。そう!  そうです!。。。

「では、ここに 住所と氏名を書いてください」 と一覧表をさす

結構数、書いてある。 ・・・ 取り忘れ、沢山いるな!・・・

無事に切符が戻ってきました!

私の大失敗だったけれど。。。無事にもどった

とはいえ

あのお兄さんがカーテンの奥できいてなかったら??

もしかしたら、1万数百円だして新たに購入しないといけなかったかもしれない。

お兄さんに感謝です!

2010年9月 4日 (土)

盛岡です

岩手大学のシニアカレッジに参加しています。
後半に入りました。
写真を撮るよいチャンスがなかなか訪れなくて。。。
昨年ご一緒した懐かしい方もいらっしゃれば、初めてお会いした方々とも、すぐにお話がはずんで。。。
これは、不思議な感じです。
今日は遠野へ一泊の小旅行なんです〓
唯、岡山と変わらない暑さにはウンザリ〓です。
北上川と正面が岩手山です。

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