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2010年4月28日 (水)

旅で得たもの・・・3

4月28日   

昨日の続きをもう少し書きたい気持ちを残して、今日は次に進みます。

青森駅から〈津軽海峡線〉を利用して函館に移動しました。

青函トンネルを通ります。  

車内に「間もなく青函トンネルに入ります」 とアナウンスが流れ、

車両内のテロップ(この言葉はもしかしたら間違いでしょうか? 電光掲示板かな?)にも「青函トンネルへ入ります」と文字が流れます。

感動の一瞬ではあるけれど、普通のトンネルと全く変わらず、唯 暗くなっただけ。

周りの乗客も、何も反応を示さない。。。

でも、音がとても大きいです!  30分で抜けるとそこはもう北海道!

このトンネルが出来るまでは、連絡船で2時間くらいかかったのでしょうか?

私の同級生にも北海道の人が3人いました。その頃は連絡船でしたよ!

トンネル工事も大変な苦労があったと。。。聞いた記憶があります。

         *

翌日、朝食前にホテル近辺を散策。

              摩周丸(青函連絡船)です。

Img_4231 ここで釣りをしていた女性が「旧函館区公会堂は是非見るといいですよ!」と教えて下さったので

朝食後に先ず、ここへ向かいました。Img_4260 明治42年5月起工、翌年9月竣工。当時の豪商相馬哲平氏からの5万円の寄付をもとにして、約5万8千円をもって建築されたものだそうです。

戦争を挟んだ時代に、この建物も数回にわたって色、形を変えたようですが、昭和55年から3ヶ年の保存修理工事を経て往時の姿を再現し、現在はコンサートホールとして広く市民に親しまれていると、あります。

広いホールでは、洞爺丸ほか計5隻が沈没したことに関る、海難審判が行われた場所です。

洞爺丸は1954年(昭和29年)9月26日、台風15号(後に洞爺丸台風と命名)の影響で、函館から青森に向かって出向後、間もなく座礁、沈没。死者1155人。

2階のバルコニーに出て、風景を眺めていると、この館の方(男性)が自然体でス~ッと話しに入ってこられました。

夫は洞爺丸が沈んだのはどの辺り? フェリーは何所から出るの?・・と訊ねていました。

  鉄道ではなく、フェリーで津軽海峡を渡るって、いう手もあったのかなあ~。。。などと話していたので。。。 

   すると

「フェリーはトンネルが開通した後、一度廃止になったのですが、その後復活しましてね~」

「でも、毎日は運航していないんですよ」  って。

な~んだ、そうだったのね!

バルチック艦隊が津軽海峡を通過するかどうか?  って、秋山真之が体調を崩すほど気にかけていた、その海峡を船で渡ってみたかったという感じはありました。

でも、この方(館長さんタイプ)、私達二人のために、ゆっくりと時間をさいてお話下さり、とても有り難く思いました。

 公会堂をあとにし次は、すこし下った所にある 旧イギリス領事館へ行きました。

Img_4266

ここの説明は省きますが、二つの建物から感じるのは明治から大正にかけてのハイカラな雰囲気でしょうか。

洋館というのもまだ目にすることがあまりなかった頃ですよね。

その時代の・・・夜明けの感覚と云えばいいのでしょうか? 

爽やかさとバイタリティー、華やかさまで併せ持っていますね!

   長くなるので、この辺で一度終了します。

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