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2010年2月26日 (金)

千の風になって

「千の風になって」紙袋に書かれた詩

       井上文勝著   ポプラ社

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よみびと知らず・・・だけど、とても心に響く詩・・・と思ってきました。

それが偶然に目にした新聞で、原作者が判明! と知り、

原作者探しに乗り出した、日本の方(井上文勝さん)が本を出されているのを知って、

早速、読んだのです。

原作と、私たちに広まった詩とは多少違いがありました。

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オリジナル版と流布版をくらべてみて!

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  原作者 マリー・エリザベス・フライ

  1905.11月13日米・オハイオ州ディトン生れ

  2004.9月15日 98歳で他界

3歳で孤児になる。 

  12歳・メリーランド州ボルチモアに一人移る

    1929・黒い木曜日と後に呼ばれる大恐慌はじまり

    ボルチモアでも一夜にして全てを失った人たちの自殺・一家心中などが日常的な事件 となったが、一方で、恐ろしい現実から逃れてひとときの息抜きと夢を求める人々で、映画館の前には長い行列ができた。

    これを見たマリーは最も大きい映画館(ヒッポドローム劇場)の窓口の仕事を得た。

    ここで知り合ったクラウド・フライと結婚。リンダという娘に恵まれた

   ナチスの手を逃れてドイツからアメリカに一人やってきた、ユダヤ人少女マーガレットを自分たちが責任者となり、自宅に住まわせる。

   マーガレットがドイツに残してきた病身の母。その母の死を知ったマーガレット

 「せめて・・・ママのお墓の前に立って泣けたらって、最後のさよならを言えたらって、そう思ってしまったの。それができなかったことが、あたしにとっていちばんつらい」

 そのマーガレットの言葉を聞いたマリーの耳の奥から、かすかな声が湧きあがってきた。

 マーガレットの母の声か、自分の母の声か・・・濡れたまぶたを閉じ、うつむいてその声にじっと聞き入った。やがてさだかでないその繰りかえしがはっきりとした言葉となって語りかけてきた。

 「・・・私のお墓の前にたたずみ泣かないで・・・」

うなずいて目を開けると、引き寄せた買い物の紙袋を破り取り、紙片にその声を書きつけはじめた。

 こうして出来たのが千の風になって。。。だったのですね~~

人々の胸をうつ、この詩は人から人へと。。。広がっていったことが

この本には書かれています。

人々の追悼の場で・・・

戦争に出てゆく若者は、僕が死んだらこれを読んでくださいと書き残して・・・

そして私たちの記憶から消えないのは。。。あの!

2001・9・11 ワールドトレードセンターに突入するジェット旅客機。

その翌年の同日、グラウンド・ゼロに集まった追悼者を前に、11歳の黒人少女が

「千の風」を朗読したそうです(私もそうだったと、耳にしていました)

私の知らなかったところでは

1985年8月、日本航空機墜落事故で亡くなった歌手・坂本九さんの葬儀委員長をつとめていた永六輔氏は、この詩を葬儀のなかで読み上げたそうです

これがきっかけで、1995年南風椎(はえしい)氏訳による『1000の風―あとに残された人へ』というタイトルの単行本で紹介され、さらに新井満氏による「千の風になって」という題の自由訳歌曲になる。歌手・秋川雅史氏に歌われて一気に日本中に広がった。

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コメント

この歌をテレビで初めて聞いた時は、衝撃的でした。心に染みていく歌なので、癒された人が多いのは当然だと思います。私は何年か前に亡くなった父を、この歌とともに思います。
詩の出来た成り立ちは知りませんでしたが、そういうことでできたんですね。

原作者不明の『千の風』の曲が流れるたびに
妻の事を思い出し、こみ上げて、目が潤んできたけれど、
そ~でしたか。作者が判ったんですね
やはり悲しい物語ですね。でも何か爽やかなものを、
感じていました。

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