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2010年2月14日 (日)

鎌田實先生の講演会・その3

★ ノーマン カズンズ(米) 親日家のジャーナリストの顔写真がスライドに映し出されました。

  彼は米国人でありながら、原爆投下は間違っていたとの立場をとり、原爆乙女の治療にも積極的に力をだした人で、原爆乙女の一人、ササモリシゲコさんをご自分の娘として後見しました。

カズンズ氏は膠原病(難病)になったが、心と体は繋がっているから→心に良い刺激を与えよう・・と考えた→笑う

一日を笑って過ごすようになったら→症状がよくなった。

 このことについての詳しい記事はこちらから↓

 http://www.mmi-net.co.jp/menu/book/bb8/bb8warai.html

笑うこと・希望をもつこと → ナチュラルキラー細胞が増え、免疫力が高まる

彼は、娘となったシゲコさんに、

「シゲコは被爆しているから、笑って無いとだめだよ!」

「そして、たまにで良いから、誰かの役にたちなさい」と話したそうです。

 ある時42歳のお母さんが、余命3カ月と言われて先生の病院へ入院しました。

 9月でしたが、この方は、「息子の卒業式までは生きていたい!」とご自分の願いを話されたのです。

先生たちも、一生懸命お世話して。。。

息子さんの卒業式に出席できました。 それだけでなく・・・

1年後の、年子の弟さんの卒業式までも命を繋ぐことができたのです。

式には出られなくて。。病室で二人だけでお酒で祝いしたそうです。

その1ヶ月後くらいに亡くなられましたが、 それまでの期間で調子の良い時には一時退院をして、その度にお勝手に立ち、子供たちのお弁当作りをしたそうです。

病状が悪くなってからも、「家に帰りたい」 といわれ、

先生たちはもう無理じゃないかと。。。

「では、布団を敷いて待っていてもらい、帰ったらすぐ横になれるように・・・

そして、お家の空気を一杯吸ったら病院へ戻っていらっしゃい」 と

送り出したそうです。

亡くなられてから後に、娘さんから訊いたところによると

「其の時もお母さんはお勝手に立って、お弁当を作ってくれた」

「学校でお弁当を開けてみたら、その時のお弁当はおにぎりでした」

「でも、お母さんが作ってくれた最後のお弁当! なかなか口にできませんでした」

自分があきらめない・・・これが大事です

★ 次のスライドは プラハ・バーツラフ広場に立った先生の写真

共産主義の中で若者が立ち上がり、プラハの春がそこまで来たと思えた時

ソ連の装甲車がやってきて、若者たちはけ散らされ、元の共産主義が続いた。

1988年 男性が一人、立ち上がった。

彼の名はブラダン・コチ 

当然なことに 捕まって、牢獄へ。。。

子供と奥さんが残されました。

誰も相手にしてくれません。 相手にすればわが身が危ないから・・・

奥さんは死を考えます。

でも、ある時 手紙がきて。。。

私も力になりたいと思っている。あなたは一人ではありません。。。

そんな文面と一緒に少額のお金が同封されていました。

奥さんは嬉しかった!

誰か一人でいい。

自分のことを分かってくれる人がいれば、生きていけるのです。

その手紙の住所を訪ねて行きましたが、そこは野原でした。

やがて夫が帰ってきました。彼はチェリストです。

鎌田先生のブログに彼のことが紹介されています↓

http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-1526.html

憎しみや、恨みは 何も起こさないが

温かさは、温かさの連鎖を生む。

先生は、「私も99%は自分のために生きています」とおっしゃいます。

「でも、1%だけでいいから誰かのために力を出してほしいのです」 

経済の冷え切った今がチャンスです。温かなことにこだわって。。。

チェルノブイリのお話もして下さいました。

16歳で昨年亡くなったチェルノブイリの女の子。

その子が描いた絵をつかって日本でチョコレートをつくり、売り出しました。

完売です。

この講演会のためには400個用意して下さったので私たちも手に入れました

2日後にはイラクへ出発だそうです。

日本人が世界のステージで素晴らしい活躍をしている!

嬉しいです! ありがたいです!

講演会の後、倉敷でお昼を食べ、ささやかなお土産を買って。。。

倉敷の経済に貢献できたでしょうか?

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コメント

蒲田先生の心のこもったお話感激しながら読ませていただきました。
その3まで、テレビでお顔は知っていますが、こんなに素晴らしい先生だったなんてフアンになりました。
こんなにすばらしいお医者さんがもっと増えてくれたら、
ちっそくしそうな世の中がもっと明るくなるのにと思いました。
お髭の独特のお顔がなつかしいような気持ちです。
素晴らしいお話ありがとう

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