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2009年2月15日 (日)

人生の完結

人生は長いか? 短いか?

長生きをしたい。。。  そこそこ健康な人なら、大半の人がこう願うだろう。 いや、今のこの不況風がすごい渦を巻いて吹き荒れている時にあっては、つい逆のことを思う人が居てもおかしくは無い。

いずれにせよ、人生には終わりが必ずある。  そう! 誰一人としてその真実から逃れることは出来ない。 決して! 例外は絶対にないのです。

「そんなこと、 子供でもしっているよ!」 と。 誰もが言うでしょう。

知っていることと、実感して感じ取ることとは大きな違いがある。

そして人生はその時の長さ、短さより、もっと大切なのは、生きてきた密度じゃないかな?

人はその死をもって人生が完結する。 

その時初めて良い人生だったか、そうでも無かったかが理解されるのだろう。

実は昨日、義弟がなくなった。 平均寿命に15年ほど残して。。。

だが彼の この半年は、実にあっぱれな人生の終焉だったと、今深く感じている。

延命にしかならない治療を避け、自宅にいたい! 自宅で死にたい!と望んだ通りの死を迎えたのです。  幸いにして、ひどい痛みが無かった事がそれを可能にしたわけですけれど。。。 死の3~4時間前まで普段と変わらない時間を過ごし、家族に見守られた中で穏やかに死を受け入れた。 

残された家族で遺体を拭き、着替えもさせて。。。これ以上の死に方はない! と感動的でした。 望めば出来るものではないけれどこれが本当の人の死に方じゃないでしょうか。

奇しくもその日は、彼の父親の祥月命日でもありました。

父の自慢の息子、今頃『お~ぉ! 来たかきたか!』 と再開を喜んでいるのでしょうか?

仕事一筋、真面目、ばか正直、、、そんな言葉しか思いつかない生き方でした。

『お疲れ様。ゆっくり休んで下さい。そして残された家族をしっかり見守って下さいね!』

彼は彼らしい 素晴しい人生を駆け抜け、今ここに完結したのです。

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コメント

今は家で看取るということが少なくなりました。
病院か施設で亡くなる人がほとんどです。
義弟さん、早く亡くなられたのは悲しいことですが、家で家族に見守られて、静かに逝かれたのは幸せなことではないでしょうか。
ご冥福をお祈りします。

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