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2008年12月 3日 (水)

テレビ雑学

私の1冊より

田中冬二  青い夜空から

      くずの花 

   じじいと ばばあが

   だまって 湯にはひっている

   山の湯の くずの花

   山の湯の くずの花

書誌学者・作家の 林 望 さんが1番好きとおっしゃる詩です。

日本語はこんなにも美しい言葉だと実感させて貰える詩集だとも。。。

私は自分の語彙の貧弱さを日頃から自覚しているので、この詩集を読みながら、少し勉強したほうが良いかもね!

田中冬二さんはこの詩を書くのに数年、推敲されたとかお話していました(林さんが)

じじいと ばばあ ・・・という表現が じいさんと ばあさん・・でもなく、おとこと おんな・・でもなく。。。長年連れ添った夫婦を表し、だまっていても通じ合えている・・・それがにじみ出ているとも。。。

そして、全く偶然でしたが、このテレビを見る前日のこと、トイレで本を読みました(ごめんなさいね。) 

 田辺聖子さんの【人生は、だまし だまし】

5月に海外旅行へ発つときに長い飛行中や、ホテルででも読もうかと、軽そうな本をとこの本を、関空で買いました。全部は読みきれないまま持って帰り、時々トイレで読むのです。昨日読んだ箇所から・・・おっさんとおばはん・・・所々、抜粋します。

私はひところ、《おっさんとおばはんになり生きやすし》 というフレーズを作り、求められた色紙や記念の和綴じの帳面に書いていた。

《おっさんとおばはん》より、《オジサンとオバサン》にすれば、いう声もでるかもしれないが、私の思うところ、共通語っぽいオジサン・オバサンでは感じが若すぎ現在の私から見れば、すでにもう、オジサン・オバサンですら、若い世代に入った。この大阪弁は、年齢を意味するというより、精神風景の世界を示唆する。

なぜ生きやすいか。私は前に、こんな感懐をつくった。《老いぬればメッキも剥げて生きやすし》  メッキが剥げてはならぬ、と思うのは、まだ雄心勃々たるオジサン・オバサンたちである。この世代は、まだ壮年時代の夢を引きずっている。実物以上に自分をよく見せようと策を弄し、さまざまに粉飾し、自己宣伝も開陳する。 かくて中身の足らぬ所は糊塗され、パテで埋められてゆく。その上に塗られるペンキ。  見てくれはいいが、それを維持させようとすれば、年中、メンテナンスとの戦いである。

オジサン・オバサン世代は、まだそれが面倒でない世代、むしろそれが、《生きる喜び》というような世代になっているのである。 オジサン・オバサンらには、身を飾る気持ち(目にみえるファッションや化粧のことではない)が躍動している。  

これが、おっさん・おばはんになり、《メッキが剥げたほうが楽じゃっ》と居直れば、どうなるか。粉飾も作為も面倒なり、やりたいことをやり、いいたいことをいうて、何がいかんねん、と居直ってしまう。

まだまだ続きますが・・・この辺りでやめにしておきます。   これを声を出して読むと大変に面白いですよ!

田中冬二さんの表現したかった じじいとばばあ。

田辺聖子さんの表したかったおっさんとおばはん。

少しニュアンスは違うけれども、昨日今日のことだったので、心にツーンと刺さりました。

私たち二人もこの域に入ってきたなあ~~~ spa

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